イロコイ・ライン 6th【ars K.N】 (ページ15)

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215.サクラサク。ページ15

マフラーがいらなくなって

手袋がいらなくなって

厚手のコートもいらなくなって

桜のつぼみが膨らみ出した頃。

「マジか...」
「マジだ...」
「マジか！」
「マジだ！」

開店準備をしてた本屋で、加藤さんがどうしても込み上げて来る笑いを我慢するような表情で私に言ったのは

公募に出したあの小説が、書籍化されるって事だった。

「凄い！凄いよ、加藤さん！」
「シゲ、凄いよな！？シゲ、有言実行しちゃう！」

自分で自分を『シゲ』って呼んじゃう位には浮かれてる加藤さん。

あの賞は大賞をとると無条件に小説家デビューが約束されていた。
だけど、加藤さんの小説は入賞はしたけど大賞では無かった。

ただ、審査員の一人だった桜井先生の目に留まってそこから話がトントンと進んだらしい。

「桜井先生、お元気かなぁ...」
「あれ？会った事あるの？」
「大学の時、講義受けてたから」
「あー、そうだったんだ！じゃあ、今度お会いした時にはAちゃんの事話しとくよ」

懐かしく思い出す、大学生の時の事。
大学も、先生と同じ景色が見たくて選んだな...って。
そんな自分に少し笑ってしまう。

「このヒロインのモデルはAちゃんだって言っとく」
「えぇ！？」
「ハハッ、うそうそ！」

加藤さんがクシャっと笑って、納品されてた新刊を平台に並べ始める。
私もモップを持って来て、床を掃除。

「...ここに、俺の本が並ぶんだって」

平台を見詰めて動きが止まった加藤さんが、ポツリと呟いた。

「...嘘みたいだよね」

長い間抱いてた夢が叶う瞬間は、どうしても信じられなくて

嘘みたいだな、これ現実なのかな？って思うもので

「でっかいポップも付けて、特設コーナー作ってやるから！」

小山さんがそう言いながらやって来るまで、加藤さんは黙って唇を噛み締めていた。

「けいちゃーん！ありがとー！」
「うわっ！」

でも、すぐに小山さんに抱き着いて。
いつも通りに笑って。
小山さんも大笑いしてて。

私も一緒になって笑った。

「でも一冊出せただけじゃダメなんだよ」
「うん？」
「ちゃんと二冊目も出せて、イケメン作家とか呼ばれて、あわよくば映像化されたい！」
「うんうん、分かったからとりあえず離れよ？」

抱き着いたまま話す加藤さんの背中を小山さんがポンポンと叩いた。

「先生にも伝えなきゃ」

小山さんから離れた加藤さんが、私を見て

「俺、貴方に負けない幸せ、掴めそうですから！って言ってやんの」

フフン、と笑った。