イロコイ・ライン 5th【ars K.N】 (ページ10)

今日:3 hit、昨日:12 hit、合計:2,660,181 hit

170.今日、知る。ページ10

好きな人と想いが通じ合ったら、人の涙腺はこんなにも緩くなるのかなって位に泣きそうで。

でも簡単に泣く女は絶対に面倒だと思うから、必死で我慢したら鼻の奥が痛かった。

「こんな事してたら、いつまでも帰れないな」

先生がちょっと笑う。

「.....先生」
「ん？」
「私、知らなかった事を今日知りました」
「何？」
「車の中で抱き合うと、ちょっと窮屈なんですね」

泣きそうだったから、フザけてるように言った。

「オレなんか、窮屈どころか体勢まで無理あるからね」

よいしょ、と私の身体から離れた先生が「いてぇいてぇ」って腰をさすってる。

「じゃあ、今度こそ帰ります」
「うん」
「また...明日」
「また明日」

先生がニコッとしたのを見て、つられてニヤニヤしながら車から降りた。

先生の車がマンションの駐車場から出て行くのを見送る。
そのエンジンの音が聴こえなくなるまで、その場で耳を澄ませてた。

指先が凍えそうな程に寒いなんて事も、忘れてた。

・

翌日、私はカフェカウンターに立ち隙を見てはドキドキしながら店の入口に目をやった。

何時に来るかは聞いてない。
私の帰りを待ってくれるのならきっと、そんなに早くは来ないはず。

本屋では加藤さんが、納品された新書を並べてる。
加藤さんに先生が来る事は話してないから、それにもドキドキする。

お昼休憩の時は「今来てたらどうしよう」ってソワソワして、お店に出たらまだ来てなくてホッとした。

でもそのホッとした直後に

寒そうに身体を縮こめた先生が、お店に入って来た。

「いらっしゃ...いませ！」

先生を見て一瞬だけ驚いた顔をした加藤さんは、すぐに笑顔で挨拶。
そのまま先生と何か話してる。
...聞こえない。

様子を覗き見してると、加藤さんが身体の前で両方の掌を先生に見せるようにして『お手上げ』って感じのポーズをした。

そして、顔を寄せてヒソヒソ話。
...気になる。

暫く話した後、加藤さんは仕事に戻り先生はカフェカウンターへとやって来た。

「いらっしゃいませ」
「いらっしゃいました」

またこうやって先生とお店で顔を合わせられたのが嬉しくて何だか浮かれちゃって

「本日のジュース、いかがですか！？今日は林檎ですよ！」

なんて、セールストークまでしてしまう。

「フハッ、それも捨て難いけどコーヒーでお願い」
「フフッ、ですよね」

これまでと同じ様に、本日のコーヒーを淹れて先生に出す。

先生も同じ様に窓辺のカウンター席に座る。