イロコイ・ライン 5th【ars K.N】 (ページ31)

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191.跳ねた襟足。ページ31

日曜日、本屋のライン。

ちょっとお客さんが引いて暇になった時に、平台に並んでる新刊を眺めて加藤さんが書いたポップを読む。
やっぱり文章が上手。
加藤さんが紹介文を書いてある本は、どれも読んでみたくなる。

「お嬢さん、どれがオススメですか？」

背後から声を掛けられて、驚いて振り返った。

「先生...っ！」
「えらい集中してたね」
「ごめんなさい。ちょっと紹介文を読み込んじゃってた...」
「まぁ、オレだから良いけど。他のお客さんにもそんなだとクビにされちゃうよ？」

ククって笑った先生が、カフェの方へ歩いて行く。

「先生来るのにソワソワするどころか、来た事にも気付かないってよっぽど先生に慣れたんだね」
「もう、加藤さん。そんなんじゃ無いですから」

同じ本屋ラインだった加藤さんが軍手を外しながら、私に話しかけて来た。

「何だかんだ、上手くいってるみたいじゃん」
「アハ、お陰様で...」
「あーぁ、俺も良い事ないかなぁ」

大きく伸びをして、「あ、溜息吐いたら幸せ逃げる！」って勢いよくスゥゥって吸い込んでる。

カフェでは先生と小山さんがカウンター挟んで楽しそうに話してて、きっと今日も『本日のコーヒー』を頼んでるんだろうなーなんて思う。
今日の先生は、緑色のタータンチェックが何だか可愛らしいストールを首に巻いていて更に若く見えた。

いつもの席に座る後姿。
ストールを取ると、襟足が跳ねてる。
それを分かってるのか、先生は左手を首の後ろに当てて跳ねた襟足を撫で付けるように動かしながら文庫本を読み始めた。

暫くすると

「Aちゃーん」

小山さんから呼ばれてカフェカウンターへ走る。

「何ですか？」
「これ、オーダーミスで開封しちゃったんだけどさ」

お皿の上に乗せられたマフィン。
テイクアウトなら袋のままお渡しするんだけど、イートインなら開封してお皿に乗せる。
だからオーダーミスで開封しちゃうと、もうテイクアウト用には戻せないしイートインでもいつ出るか分からないから廃棄にするしか無い。

「良かったら、ほら」

小山さんが、先生の方を見る。

「食べて貰ってよ」
「え...」
「高校の時の先生なんでしょ？常連さんだし、いつも来てくれるお礼って事でさ」
「あ、はい！」

マフィンが乗ったお皿を先生の席に持って行く。

「先生」
「ん？」
「これ、店長からサービスです」
「マジで？良いの？」

小腹減ってたんだわー、って言うと先生はカウンターを見て小山さんに会釈した。