126.矛盾の理由。 ページ6
気付くと、私はある雑居ビルの下に居た。
繁華街の中の、カラオケ屋さんが入ってる綺麗とは言えないビル。
向かい側にはコンビニがある。
その雑居ビルの非常階段を昇って行く。
カンカン、と音を鳴らしながら5階まで。
「.....」
踊り場で、手摺に両腕を乗せていつか見たビルとビルの隙間を眺めた。
今日はその隙間に何も無い。
暗い空間がポカンとあるだけ。
隣に先生も...居ない。
先生、今頃大野先生と歌ってるのかな...。
盛り上がってるのかな...。
...見たかったな...。
どんな歌詞を書いたんだろう。
どんなメロディを作ったんだろう。
どんな声色で歌うんだろう。
先生、何を見て歌っていますか？
先生、誰を想って歌っていますか？
先生、あなたも、あの日から今日までの時間をほんの少しでも、辛いと思ってくれましたか...？
「.....先生.....」
目に膜が張ったから、泣くもんか！と空を見上げた。
「…月...」
見上げた先には、大きな丸い月。
『秋は月』
ここで先生と季語の話をした時に、先生は『秋は月』だと言った。
春には桜、夏には花火。
何となく、秋の月も一緒に見れるんじゃないかな...なんて思ってた。
思ってたのに。
月がじんわりと滲んだのは、涙の膜がどんどん厚くなったからだ。
その涙の膜は限界を超えて、両目尻から頬へと流れる。
泣いたら、まだ先生を諦められない事を自分で認めちゃうみたいだから泣きたくなかったのに。
ポロポロ零れる涙に、やっぱり簡単になんて諦められないんだなぁ...なんて自嘲する。
月は、目の中でゆらゆら揺れる。
───『自分が教師だってコト』───
ふ、と思い出した先生の言葉。
バイバイした時に言われたそれじゃない。
もっと前に言われた台詞。
ここで言われたから思い出したんだ。
───『学校から離れたら、ちょっと忘れたい』───
───『自分が教師だってコト』───
先生...教師だってコト忘れてたって私に言ったけど
...忘れたかったんじゃん...。
なのに「オレは、教師だった」なんて...。
忘れたかったんでしょ？
忘れられたんでしょ？
忘れられて良かったね！って話なのに、どうして私の前から居なくなったの？
矛盾だよ。
国語教師が自分の言葉の矛盾に気付かないの？
...ううん、分かってるよ。
先生だもん。
矛盾になるの気付いてて、あえて言ったに決まってる。
ケジメの為に。
私と先生の間に、境界線を引く為に。
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作者名：rei
| 作者ホームページ：http://uranai.nosv.org/personal.php?t=reika72
作成日時：2016年5月15日 15時
