イロコイ・ライン 4th【ars K.N】 (ページ4)

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124.兎角に人の世は。ページ4

先生が来なくなった事にショックを受けてたのは、私だけじゃ無かった。

「...絶対に俺のせいだよね」

一回目の日曜に先生が来なかった時、加藤さんはどこか痛いのかな？って位に辛そうな顔をして呟いた。

「ホントごめん...何で俺、ちゃんと否定できなかったんだろう...」

二回目の日曜は、私以上に落ち込んでるように見えた。

「俺、どうしたら良いんだろう...」
「フフッ。何度も言ってますけど、加藤さんのせいな訳無いんだからどうもしなくって良いんですよ？」
「でも、俺があんな小説見せなかったら...」
「強引に先生に読ませようとしたのは私です。それに...読んだだけだったら、先生はまた普通に来てたんじゃないかなって思うんです」

お客さんの少ない月曜日の昼下がり。

小山さんに「店の外、掃除して来てー」と頼まれて二人で掃除しながら話す。
私が箒で地面を履いて、加藤さんは雑巾でガラス拭き。

「私が追い掛けちゃったから...だから、先生は私がまだ先生を好きだって確信を持っちゃったんだと思います」

きっと、これ以上私の近くに居たらいけないって思ったんだ。

その理由はいくつだって考えられる。
自分に都合の良い事かもしれないし、あの時の失恋よりも残酷な事かもしれない。

それは先生にしか分かんないけど...でも、先生が私に会わない事を決めたのだけは真実。

「加藤さん」
「ん？」
「もうこの話はこれまでにしましょ！」
「え...」
「また蒸し返したら、罰金貰いますからね！？」

いくらにしよっかなー？って言うと「お札はやめて！」って手を合わせてる。

「やっぱ諭吉かな」
「せめて漱石！」
「古っ」

そこから、夏目漱石のどの小説が好きかって話になって

『草枕』が好きだと言った加藤さんが、有名すぎる一文を呟いた。

───智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。
兎角に人の世は住みにくい ───

「何か俺はこれが日本人なんだろうなぁ、とか思っちゃうんだよね」
「うん」
「でも俺が言うのもおかしいんだけど...Aちゃんは情に掉さされないで良いと思うし、意地も通して良いと思うよ」
「...え？」

雑巾を両手でギュッギュと握りながら、加藤さんが私に向き合った。

「先生がどう想ってるのかなんて事も、もちろん俺の事も考えずに自分の想いだけを考えて、意地だって貫き通して良いと思うから」

口を一文字にした加藤さんに「罰金ですね！」と言うと

「あっ！！」って口を大きく開けた。