イロコイ・ライン 4th【ars K.N】 (ページ23)

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143.律儀。ページ23

鞄の中からスマホを取り出そうとすると、手が寒さでかじかんでて落としそうになった。

「お...っと、危なかった...」

ギリギリ落とさずに済んだスマホは、まだ震えてる。

落とさないよう、ちょっと慎重にその着信に出た。

「はい、もしも...」
「もしもし！？Aちゃん！今、どこに居る！？」

電話の相手は、私の声に被らせるようにして話し始めた。
結構な大声で。

「加藤さん、声大きい」
「あっ！？ごめんごめん...今どこに居る？」

今度は逆にヒソヒソ声になり過ぎてて聴き取りにくかったから「極端ですよ」って笑うと、加藤さんも「そっか」って笑った。

「今は、あのお店の前に居ます。でも、まだ先生来なくて...寒くて挫けそうで」

弱音は吐かないって決めたばっかりなのに、ついポロっと吐き出しちゃいそうになって

取り繕うように「風邪ひきそうだから！」って笑うと

「ダメ！帰んないで！」

加藤さんは、また大声で言った。

「え...？」
「寒いと思うんだけど、まだそこに居て」
「...どうして...」
「先生、さっき花嵐堂に来た！」

思考回路が停止するって、この状態かな...？と思った。

加藤さんの言葉に、頭がついて行かない。

だって、どうして先生が花嵐堂に...？
もう行かないって、私に会いたくないから行かないんだって...言ってたのに？

「俺、謝られたよ」
「...え？」
「俺の承諾も得ずにAちゃんに俺の小説を読めって言ってしまった事、ずっと悪いと思ってたって」
「......」
「君はあの想いを隠したかったのかもしれないのに、勝手な事をしてしまった...って頭下げられた」

胸がギュ...っとなった。

「そんなの別に良いですよって言ったんだけど。...律儀な人だね」
「......」
「とにかく、そこに居て」
「あの、加藤さ...」
「良いからそこに居て。あと...5分もかからないと思うから」
「5分って、何...」

じゃあね、って

電話は一方的に切られて

私は耳に当ててたスマホを、鞄にポトンと落とすように入れる。

自分の周りの冬の空気が、ピンと張りつめている気がした。

少しでも動くとその空気で肌が切れてしまいそうに感じるのはきっと、自分の緊張のせいだ。

決して明るくは無い街灯の光を背中に受けて、その人はこちらに歩いて来てた。

逆光になってたって、その背丈や歩き方で分かってしまうんだ。

「...お待たせ...、なのかな」

私の前で立ち止まり、そう言った先生の鳶色の目が

ゆっくりと、瞬きをした。