イロコイ・ライン 4th【ars K.N】 (ページ17)

今日:3 hit、昨日:12 hit、合計:2,323,677 hit

137.聞き分けの良い。ページ17

するり...と、先生の掌が私の頭の上を滑って

もう一度、するり

するり、もう一度。

それはそれは、優しくて

悲しいリズム。

「...オレがどんな想いで......」

先生が、独り言のように呟く。

「先生...？」
「お前は聞き分けの良い子だと思ってた」
「......」
「でも、『聞き分けの良い子』なんて本当は居ないんだよな」
「......」
「聞き分けが良いんじゃない。『我慢強い子』ってだけだ」

頭に乗ってた先生の手が、するんと落ちた。

「お前は我慢強かったね」
「...何で過去形なんですか...」
「だって、今のお前は我慢してるように見えない」

フハ、って弱く笑った先生は「オレはね...」ってそのままの弱い声で話す。

「お前と居ると、自分を制御できなくなりそうなんだ」

ザァッ...と風が、大きな木を揺らした。

「オレは、お前みたいに我慢強くない」
「...私は我慢強くなんか...」
「だからって、今のお前みたいにもなれない」
「今のって...？」
「我慢してない状態だよ」

風が冷たくて、でも身体は何故だか熱くて

手に持ったままだった上着をギュウ...っと抱きしめる。

「先生...どうゆーコト...？」
「さぁ。どうゆーコトなんだろうね」

俯いて小さく笑う先生。

どうしてそんな悲しい顔をして笑うの？

「問題です」
「は？」
「先生の言葉の意味を、分かりやすく説明しなさい」
「フハッ！何だよ、それ。......やだよ」
「...ズルいです」
「ズルくて結構。オトナはズルい生き物なんだよ」

私と視線を合わせる事も無く、先生は地面を見てる。

「先生...、そんなに私と会いたくなかったんですか...？」
「うん。そう言ってるでしょ？」
「......」
「何度も同じコト言わせんなって。お前だって聞きたくないでしょ」

言葉がヒンヤリしてる。

「ごめんね。オレ今、結構しんどい」

やっと目を合わせてくれた先生は、やっぱり悲しい笑顔だった。

もう私は、先生に受け入れて貰える事は無いんだな...と感じた。

「...じゃあ、ひとつだけお願いを聞いて貰えませんか...？」
「叶えられるかは分かんないけど。何？」
「先生の本棚が見たい」
「本棚...？」

もう駄目なら、最後に

先生の全てが詰まってるであろう、本棚が見たい。

そこに並ぶ一冊一冊を目に焼き付けて、同じ本を読みたい。

自分の本棚にもある本を見付けて、こっそり喜びたい。

本だけが私のトラウマにならずに大切な物だったのは

本は先生そのものだと思っていたからだ。