PRESTO！2nd【ars M.A】 (ページ28)

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63.ブラック。ページ28

昔はブラックのコーヒーなんて、飲めなかった。

苦いだけで、舌がピリピリしちゃって

砂糖を大盛り二杯に、コーヒーミルクじゃ足りなくって牛乳入れて飲んでた。

それが今では、平気で何も入れずに飲めて

しかもそれを『美味しい』って思える。

味覚は大人になった。

だからきっと、心だって大人になってると思ってたんだけど...

どんなに大人になったって、平気ではいられない事もあるんだな。

失恋は、子供の頃に飲んだブラックコーヒーより苦い。

「相葉くん」
「...はい」
「Aが何でコンビニで働いてるか、知ってる？」
「...いや...知らないです」

そっか、って香取さんは口角を小さく上げた。

「A、半年前までOLだったんだよね」
「OL？...Aちゃんが...？」

半年前まで...って事は、その仕事を辞めたって事？

「仕事辞めて、一人暮らしの部屋を引き払って実家に戻って。で、ずーっと家から出ないような生活してたんだよ。アイツ」
「え...？」
「だから、調度それまで店長やってた子が独立したから『お前がうちのコンビニの店長やれ！』って半ば無理矢理働かせた」

...どういう事...？

「部屋も、勝手にコンビニの近くに借りてそこに一人で住め！って...アハハ！結構強引に連れて来た」
「...何で...ですか？」

もう、全部が『何で？』なんだけど...

Aちゃんが仕事辞めたのも

家から出なくなったのも

香取さんが仕事や部屋の世話をしてやったのも

全部、俺にとっては『何で？』だ。

「そこまでしてやらなきゃ...A、もう立ち直れないと思ったから」

そう言う香取さんの目は、慈愛に満ちていた。

「A、前に勤めてた会社に結婚も考えてた彼氏が居たんだ」
「...彼氏...」
「だけど、社内恋愛ってバレると面倒だからずっと会社には黙ってたみたいでさ」

煙草、良いかな？と、香取さんは灰皿を自分に寄せて煙草を咥えた。

「それが今思うと、ダメだったんだな。付き合ってる事、言っておいたら良かったんだ」
「...何か...あったんですか...？」

ふぅ...と、横を向いて紫煙を吐き出して「うん、あった」と呟く。

「相手の男が浮気して、その浮気相手を妊娠させた」

背筋が、一瞬冷えたような感覚がした。

「で、最悪な事に浮気相手も同じ会社の子だったんだよね。その上、その二人は子供出来たし結婚を決めた」
「えっ！？」
「想像、できる？Aの立場」

穏やかな香取さんの表情が、じわっと曇った。