智あり雅やかな君に、潤い和み我も翔ぶ。【ars短編集】 (ページ41)

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●タクティクス【A】ページ41

人には、『良い想い出』の一つや二つあると思う。

私にとってのそれは、大学生の頃にバイト先で知り合った彼氏との想い出。
いっこ年上だった彼は私より先に就職して、配属先が大阪になってしまって。
遠距離は無理だ...と言った私に、彼は悲しそうな顔をしてたっけ。

それでも二年間のお付き合いは、本当に楽しかった。
新幹線のホームで別れる時もお互い号泣しちゃって。
だったらもう別れなくっても良いじゃんって思ったけど、やっぱり遠距離になるのは不安で繋いでた手を離した。

10年経った今でも、彼との事は時々思い出す。
未練があるって訳じゃ無い。
彼氏だって、何人か居た。
でも、結局別れが来て一人になると決まって思い出してしまうのは彼の笑顔。

想い出は綺麗だから。
綺麗なまんま別れたから私は彼を嫌いにもならないし、可愛くて格好良い彼のまんまで想い出の中に住んでる。

だから。

タイムスリップしたのか？と本気で思った。

一気に10年前に戻ってしまったのか？と。

「え、Aちゃん？」

うちの会社に打ち合わせにやって来た取引先の社員の中に、彼が居た。
打ち合わせを終えて帰って行く所だったらしい彼と、エレベーターの中で鉢合わせ。

「うそ...まー君...」

私が言うと、彼は一緒に居た同僚さん達に「何、相葉知り合い？」って訊かれてる。

「うん！」

10年前と変わらない、屈託の無い笑顔。

「まさか、元カノー？」と、からかうように言った一人に対してまー君は何の躊躇いも見せずに「うん、そうなの」と応えた。

エレベーターに乗ってる数秒で、私の世界がグルンと変わった気がした。
想い出の住人が、現実に目の前に現れた。

一階のエレベーターホールでまー君は同僚さん達に「先帰っててー」と手を振って、私と向かい合った。

「久し振りだね、Aちゃん」
「うん...え、大阪...」
「三年前から、また東京に戻って来たの」

そうだったんだ...

可愛かったまー君は、すっかり大人の男性になってる。
就活の時は全然似合って無くて七五三だ！ってからかってたのに、目の前のまー君は似合って無かったはずのスーツをモデルみたいに着こなしている。

「Aちゃん、元気だった？」
「うん、元気。まー君...相葉くんは元気だった？」

何となく、もう『まー君』なんて呼んだらいけないような気がして。

でも彼はいつかのようにちょっと悲しそうな顔をして

「まー君って呼んでくれるの、Aちゃんだけなのに」

少し、笑った。