智あり雅やかな君に、潤い和み我も翔ぶ。【ars短編集】 (ページ4)

今日:17 hit、昨日:6 hit、合計:1,577,901 hit

２ページ4

八月。

みんなは夏休みだけど、サッカー部は選手権の予選の為に毎日練習。
そしてこの予選で負けたら三年生は引退。

『引退』
その事を、春の私は忘れてたんだ。
マネージャーになれば、先輩と一年は一緒に居られると思ってた。

少しでも部活に残ってて欲しいから、必死で応援して予選一回戦を突破。
皆で大喜びで河川敷でジュースで乾杯なんかして。

だけど、二回戦敗退。
皆が大泣きする中で櫻井先輩は「やり切ったー！」って、笑いながらユニフォームを脱いだ。

でも、その脱いだユニフォームを顔に当てたまましゃがみ込んで

「...悔しいー...」

聴こえて来た声は、震えてて

暫くして顔を上げた先輩の目は、ウサギみたいに真っ赤だった。

・

二学期になり引退してからちょっと肌寒くなって来ても、先輩は時々部活に顔を出してくれた。

「櫻井先輩、受験勉強は良いんですかー？」

誰かがそんな質問をして、思わず聞き耳を立てる。

「やってるしー。俺、超要領良いしー」
「どこの大学行くんですか？」
「この辺じゃないよ」

え...？
この辺じゃない...って言った？

「北海道に行きたい大学あんの」

持ってたボールが漫画みたいに手から落ちて

それはコロコロ転がり、先輩の足元へ。
先輩はブレザーのポケットに両手を突っ込んだまま足先でそのボールを操って、私の前までやって来た。

「...先輩、北海道？」
「うん、寂しい？」

ニィっと笑った先輩の言葉は冗談だって分かってるのに、私は何も言えないし、笑えないし。

「ねぇ、五十嵐」
「......」
「俺は寂しい、って言っても良い？」
「...え？」
「ホントは離れたくないなー、って言っても良い？」
「え...えっ...？」

足元のボールを拾った先輩が、それを私に渡す。

「...好きです、って言っても良い？」

彼の前髪が、風で靡いた。

・

先輩が北海道へと旅立つ日は、飛行機の時間より前に空港近くの公園で会った。
空港には友達も来るからって。

顔を見た瞬間泣いてしまった私に、先輩は「ばーか！」って頭をグシャっと撫でる。

「寂しいぃー...」
「もー。可愛いなぁ」

笑った先輩が私の顔を覗き込む。

「絶対に迎えに来てあげるから、ちゃんと待ってろよ？浮気すんじゃねーぞ！」

「...先輩こそっ！」

泣き笑いの私を、先輩は「いい加減『翔くん』って呼べよー」ってぎゅうっと抱き締める。

降ってきた桜の花びらが一枚、二人の間に滑り込んだ。

・・・・・END・・・・・