智あり雅やかな君に、潤い和み我も翔ぶ。【ars短編集】 (ページ30)

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暫くしてやって来た彼は、社長に言われて私の隣に座った。

「Aちゃんってゆーんだ」って顔を覗き込まれて、顔が熱くなる。

「わっ！真っ赤になってる！」

ケラっと笑って、私の頬をツンツンする。
社長が「遊び慣れてない子なんだから、御手柔らかにしてあげなさいよ？」って笑いながら窘めると「はーい」って言いながら、近付けてた顔をスっと離した。

ホストなんだから、全部サービスでしかないって分かってるのにやっぱりドキッとしてしまう。

そんな自分が嫌で席を立ちトイレに行って、戻ろうとしたら通路に彼が居た。

「待ち伏せ、しちゃった」
「.....」
「ねぇ、今度はAちゃん1人で来てよ」
「...営業ですか？」

ハァ...と溜息を吐いて歩き出すと、彼が後ろから私の手首を掴んだ。

「俺、面倒臭がり屋さんなの」
「...え？」
「営業とか、超面倒！って思っちゃうの」
「ホスト...なのに？」

それ、大切な仕事なんじゃないの？
同伴とか、アフターとか？そーゆー営業。

「ホストなんだけどね」

彼が、フフッと笑う。
優しげに皺の寄る目尻に、またソレっぽくない雰囲気を感じた。

「営業じゃなくて、Aちゃんと2人で飲みたいなーって思って」
「でも、お店に来いって言うんでしょ？」
「まー、そこはね！俺も一応お仕事しなきゃ」
「やっぱり営業じゃないですか」
「え？フフッ、でもAちゃんに会いたいのはホントだからね？」

ポンッと両肩に手を乗せられる。
ニッコリ、これが営業スマイルだなんて思いたくないような無邪気な顔で笑って。

その黒いスーツより、もっと似合う服がありそう。
その茶色い髪より、もっと似合う髪がありそう。
その甘い香りより、もっと似合う香りがありそう。

社長と共に店を出る時。
お見送りに出て来たホストの中に彼も居て。

彼は私に小さく手を振りながら、右頬をキュッと上げた。

・

それから、たった1週間後だった。
私が1人で『storm』に行ったのは、たった1週間後。

「Aちゃんっ！」

『雅紀さんを...』と指名して、緊張しながら席で待ってた私の元へ彼は笑顔で駆け寄って来た。
今日は光沢のあるグレーのスーツ。

ポスンッと勢いよく座った彼は「ホントに来てくれた！」って、私の肩に手を乗せて顔を寄せる。

「...今日だけですよ。一応、お誘いして貰ったから礼儀として...」

誰に対しての言い訳なのか。

私はこの1週間、彼の事ばかり考えていた。

あの右頬が、頭から、離れなくなっていた。