智あり雅やかな君に、潤い和み我も翔ぶ。【ars短編集】 (ページ29)

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●右頬【A】ページ29

キッカケは、『仕方無く』だった。

取引先の女社長さんが、大のホストクラブ好き。
誰か1人にお熱とかじゃなくて、ただただ綺麗な男の子達にお酒を振る舞うのが楽しいってゆー人で。

その社長さんのお供で行ったのが、最初だった。
ホストクラブなんて...と思っていたし、そもそも『ホスト』ってゆー人種がどちらかと言えば好きじゃなくて。

それを社長さんに伝えてやんわり断ると「じゃあ、ハマる心配が無いから良いじゃない！」と何故か連れてかれる方向で話は進んだ。
取引先の社長、これ以上は断れない。

私は渋々、ホストクラブ『storm』へ足を踏み入れた。

想像では無駄にギラギラしてて、ミラーボールなんて回ってて、やたら鏡張りで...って内装だったんだけど、実際はオシャレなレストランのようで驚いてる私に「ここは上品なのよ」と教えてくれた。

それでも私達の席へやって来る男性は皆、やっぱり派手でチャラっとしてる。
苦手ー...と思いつつ、一応接待でもあるからニコニコしておく。

「あら、雅紀」

社長が席の横を歩いてたホストに声を掛けた。
派手だけど、明らかにホスト！って風貌じゃない。
その辺で夜遊びしてる大学生みたいな雰囲気。

「あっ、北嶋社長だ！」
「貴方もこっち来なさいよ」
「あー、ごめん！今、指名入っちゃったの」
「じゃ、その後で良いわ。久し振りに貴方とお酒が飲みたいから」
「ほんと？やった！」

驚いた。
彼の笑顔が、あまりにもソレっぽくなかったから。

オモチャを与えて貰った少年のようだと思った。

「じゃ、また後でね！」

フワッと手を振った彼が、そこを去る時にチラリと私を見た。

右頬をキュッと上げた微笑み。

彼はそのまま、歩いて行く。
何故か、吐き気がした。

「すみません、アイツ礼儀がなってなくて...」

社長の隣に座ってる、このお店のナンバーワンだというホストが謝る。

「良いのよ、雅紀はあれが持ち味なんだから」
「本気出せば、絶対にもっと上に行けると思うんですけどね」
「フフッ、それはそうね」

口に咥えた煙草の先に火をつけて貰いながら、社長が笑った。

「あら？五十嵐ちゃん」

社長が私の膝に手を置く。

「雅紀、気になった？」
「えっ！？」
「ずーっと目で追ってるわよ？」
「そんな...」

心臓が、信じられない位に早打ちしていて

吐き気の原因はコレか...と気付いた。

「雅紀、ホストっぽくないものねぇ」

楽しそうに私の膝を叩きながら、社長が笑う。