7 ページ7
俺たちの身体より大きな大きなキャンバス。
目の前に立ってそれを見上げると、なんだか心がずんっと何か重りでお腹らへんまで引っ張られるような感覚に陥った。
一瞬音が何も聞こえなくなり、世界が目の前のキャンバスに支配される。俺はこの感覚をよく知っている。
演奏をやめた時の、さっきまでの音たちが幻だったかのような、嘘みたいに穏やかで静かで怖い静寂。
これは恐らく蝶々の絵だ。
いくつもの色やモノが重なってとても綺麗に、蝶々を作り出しているのに、どうしてこの人の作る色や形はこんなに綺麗で恐いんだろう。
｢……何これ｣
琳寧くんが隣で絶句しているのが分かる。
周囲の美術学部の学生も、口々に感想を言って足早に去っていった。
嘲笑、嫉妬、羨望、様々な感想が入り交じる。
｢…あ、タイトル｣
下に書いてある作品紹介の欄には、
『醜態 作者 AA』
と、雑に書かれてあった。
丁寧でも雑でもない、ささっと書いたような筆記。
AA。
それがあの人暴れていた女の子の名前だった。
あれ、AAって…
｢ねえバナさん、AAさんって、よく嶺亜くん達がいる子だよね｣
｢うん、俺話したことないけど｣
｢琳寧一回あるけど、こんな絵描くなんて知らなかった｣
呆然と絵に取り憑かれたように立ってみていると、スーツを着た人と教授の会話が耳に入ってくる。
「ううん、今回もかなり荒れてますね」
「先生どう思います？」
「私は若さ溢れていいと思いますけど、彼女次第ですから」
「展示会は全国が注目するんですよ、プレッシャーには打ち勝ってもらわんと」
「ううん」
「まあ私は好きですけど、期待されてる絵とはちゃうなぁ」
のほほんと絵を見つめる教授とは反対に、スーツの人は厳しい意見をぶつけている。
そうか、もう評価される世界での話なのか。
｢あ！いたいた、もう探したんだけど…｣
嶺亜くんの声がして振り返ると、嶺亜くんも同じように絵を見上げて言葉を失った。
｢…｣
｢ねえ嶺亜さん、Aさんって今何してるの？｣
｢…2週間前から既読つかないから、多分作業室に篭ってる、たぶん今も寝てるかなんかで｣
｢寝てる？｣
｢これ多分徹夜で仕上げた筈だから｣
嶺亜くんは、心配しているような、苛立っているようなよく分からない顔をしていた。
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 113人がお気に入り
お気に入り作者に追加
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名：雪 | 作成日時：2022年9月24日 0時
