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出ていった洗面台から水の音が慌ただしく聞こえる。
AAという名前はよく知っていた。
入学当初仲良くなったこんぴや嶺亜くんがたまに話題に出す、美術学部の女の子。
まあ嶺亜くんの学科の後輩らしい。
俺は以前彼女を見かけたことがあった。
美術学部の友人が｢矢花の骨格が好きだからモデルになってくれ｣と言うので、デッサンをモデルになっていた時だった。
デッサンも終わって、第2美術室を出て廊下を歩いていると、奥の部屋だけ電気がついていた。
夜も遅いのに、まだ残ってる人がいるのかと思い、興味本位で部屋を覗いてみたのが始まりだった。
ドアの向こうには、大きなキャンバスと向き合い筆を走らせる女の子がいた。
｢…うわ、キャンバスでっかいな〜｣
あれは多分蝶だろうか、それにしても色や形がぼやけていて、見る人によって解釈が分かれそうな蝶。
しばらくそれを見ていると、女の子はいきなり描くのをやめて、筆をキャンバスに向かって投げつけた。
｢…あああああ！！｣
「っ」
突然の叫び声に思わずビクッと反応する。
叫んだかと思えば、彼女はキャンバスに向かって蹴りを入れたり殴ったりした。
これは見てはいけないものを見てしまった。
そう思いながら後にひけなくて、暴れる彼女をただドア越しに見つめる。
彼女はしばらくして、深呼吸をした。
「…ふー−−」
そして、また筆を手に取ってキャンバスに向かい始めたのだった。
それから数週間後、2日に分けて行われた学祭で、彼女の絵を見た。
同じ学科の友人達と組んでいるバンドのステージが終わって自由時間。
琳寧くんとぼーっと見て回ってた時、意識がある方へ引っ張られた。
｢バナさーーん？｣
｢俺展示見たいっす｣
｢お、いいね、見よう、回ろう。｣
肩を組まれてそのまま歩く。
ちらっと視界に映った、綺麗で不気味な色合いのキャンバス。
その前にはチラホラと人が集まっており、中にはスーツを着て教授と話しながら見ている大人もいた。
壁にはいろんな絵画が飾られていて、どれも綺麗で上手だ。
けれど、どセンターに飾られているこの絵は、それだけでは語れない、なにか一種の気持ち悪さのようなものがあった。そして何より、見覚えがあったのだ。
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作者名：雪 | 作成日時：2022年9月24日 0時
