電車の窓 ページ5
今日もその人はホームの五両目、一番前にきちんと並んで立っていた。
きちんとプレスされたタイトめの仕立てのいいスーツ、品の良いストライプのネクタイに黒縁の眼鏡。
電車の窓からは見えないが、靴も綺麗に磨かれているだろう。
いつもの通勤電車の窓から途中で乗り込んでくるその人に気が付いたのは１カ月前か。
必ず列の先頭に背筋をピンと伸ばして立っている。と言う事は、毎朝早めの時間にきちんとスケジュールを立てて家を出ているはず。
きちんとさん(なんとなく俺はそう呼んでる)はやけに大きな鞄からいつも新聞がはみ出していて、そこだけはきちんとしてない。
何紙も購読しているらしく、時々その内の一紙を広げている日もあって、そんな日はきちんとさんの顔が見えないからちょっと俺は物足りない気分になったりする。
証券マン？出版関係？マスコミ…には見えないなぁ…だって俺、こう見えてテレビマンだけどあーゆう人、NHKでしか見た事ないし、この電車はNHKのある渋谷には行かないし。
満員電車の中でつま先立ちになって、今日も彼の事を考えながら一日が始まる。
そんなある日。
きちんとさんがホームにいなかった。
もしかしたら別の車両かな？と探したけれど、やっぱりいなくて、風邪でもひいたのかな？なんてまるで彼女みたいに心配になって苦笑した。
昼のワイドショーの制作班へ。俺の職場。
M「ういーす」
N「あ、潤君遅いよ〜なんかビル火災だって。今日の前半、報道と差し替え。」
せんべいをかじりながら、ディレクターの二宮が言う。
M「マジ？じゃあクイズコーナー無しか」
生放送のバラエティーにはつきものだから、さして慌てる事はない。
しかしつけっぱなしのテレビ画面を見た瞬間
M「あぁッ！この人！！」
テレビ画面の中で実況している人！！
眼鏡外してるから気づかなかった。
N「え、潤君の知り合い？」
M「違う！良かった〜元気で…」
N「寝ぼけてんの？この櫻井記者ね、また後で中継つなぐから、潤君打ち合わせしといてね。これ、彼の携帯。」
M「あ、うん。了解」
二宮がゲストに変更を告げに席を立つ。
そわそわしながら、メモの番号を押す。
S「はい、櫻井です。」
M「制作の松本です。」
S「お疲れ様です。はじめまして。」
M「いや実は初めてでは…」
S「ほぇ？」
初めて聞くきちんとさんの声に唇の端が上がるのがわかる。
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作者名：ゆみ
作成日時：2014年7月20日 14時
