Barの窓 ページ21
少し涼しくなりかけた夕方。
通りに面して細く開けた木製のブラインドから入る光の下でノートを開く。
カクテルのレシピノート。
カクテルと言うのは、酒に何かを混ぜればすべてそう呼ばれるが
俺たちバーテンダーが出すカクテルは絵画のデザインに似て、味はもちろん色や香り、温度…さまざまな要素が調和して生まれるひとつの作品でなければならない。
M「コレは無しだな…」
呟いて、ページを破り捨てた。
N「早いね〜コンテスト用の出来た？」
同僚のニノが出勤してきた。
M「はよ。ダメぜーんぜん！」
ノートをしまいがてら、ロッカールームのカレンダーをふと指でなぞる。
あぁ。今日からだ。
ネクタイを締め直して、店の片隅にある小さな白黒テレビを念入りに拭く。
N「あぁ。今日から。」
M「今日から。」と微笑み返した。
俺が師匠から受け継いだこのバーには予約席がひとつだけある。
そこは大相撲が開催される年に6場所15日間だけ使われる席。
ちなみにテレビも大相撲だけ。オリンピックもワールドカップもつける事は無い。
師匠の時代からのそのお客様は初めて俺のカクテルを「美味い」と言ってくれた特別な人。
年に6回、俺はいつも初心に帰る。
N「ねぇ、潤君。不審者発見。」
ニノが窓の方をアゴでさす。ブラインドの間から大きな目が覗いている。
M「いや、あの目どこかで…」
恐る恐る大きな目の男が入ってくる。
M「いらっしゃいませ」
S「エクストラドライマティーニを。」
普通は３：１で作られるマティーニをジンの中に一滴だけベルガモットを落とす珍しいオーダー。
仕立ての良いスーツ。大きな目。
M「もしかしたら櫻井様の…」
S「そうです。生前は父が大変お世話になりました。」
M「そうでしたか…こちらへ」
予約席の札を外して、テレビをつける。
軽くステアしたジンをグラスに注いでオリーブを添える。
S「美味い！こんな味だったんだ。松本さん…でしょう？良く父からこの店の話を聞いていました。」
白黒テレビが映し出す大相撲を見ながら、ぽつぽつと家庭での父上の話を聞いていたら、不思議とこの初対面の人と幼なじみのような心地よい気持ちにとらわれて。
S「ごちそうさまでした。また」
M「はい。お待ちしております。」
やはり初心に帰った気になれて。
次は11月の九州場所か。
待ち遠しいのを抑えて、再び予約席の札をカウンターに戻した。
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作者名：ゆみ
作成日時：2014年7月20日 14時
