旅人の窓 ページ18
コーーーイ…コーーーイ…
湖に面した寝室の窓。
早朝、かすかに聞こえる声に気がついたのは
ぐっと冷え込んだ先週のこと。
唄うような
でもどこか孤独で
どこか慈愛に満ちていて。
エイヤッとダウンをつかんでスウェットのまま湖への道を走る。
朝もやの中に立ったその人は何十羽の白鳥を従えて、まるで白鳥の妖精に見えた。
M「来ーーーい…」
籐カゴを首から下げて、ふわっとパンくずを撒くと、辺り一面がまた真っ白な世界になって。
靴下を履き忘れた足元が冷えつくのも構わずにただぼんやりとポケットに手を突っ込んでそれを眺めていると
その人がぺこりと頭を下げたから、我に返ってこちらも頭を下げて、出勤準備の為に急いでまた自宅へ戻った。
…
O「あぁ。白鳥のカメラマンさんでしょ。そう先週からパンくずもらいに来てるよ。」
彼の正体はあっけなく近所のパン屋の智君が明らかにしてくれた。
O「白鳥がいる間は毎日来るってよ。翔君って本当に昔からメンクイだよね。」
S「ち、違うよッ！顔は遠くて見えなかったし」
朝からギャーギャー言いながら、店先で朝飯のパンをかじっていると
M「おはようございます」
O「おはよう〜白鳥さん。」
M「松本です。ここ、イートインできるんですか？」
O「ん？翔君は特別なの。白鳥さんも珈琲余ってるから飲む？」
M「どうも。あれ？朝、湖で…」
O「翔君ねぇ〜イケメンの白鳥大好きなの」
S「ちょっと智君！あ、最近ちょっと興味が」
…貴方にあって。
それから俺は、毎朝早起きしては湖へ下りて、彼と餌やりをしたり、撮影した写真を見せてもらってから智君のパン屋で朝食をとって出社する生活になった。
真っ白に積もっていた湖畔の雪が少しずつ溶けて、水草がその蒼さを少しずつ増した頃。
M「翔さん、そろそろかもしれない。」
S「え？なにが？」
そう言って潤の方を向いた瞬間、白鳥がいっぺんに空へ飛び立つ羽音が響き渡った。
…
人間に羽が無い事をこれほど口惜しいと思った事は無い。
寝台列車の窓。
S「どうしても行くのか」
M「うん。これが俺の決めた仕事だから。でもまた白鳥と一緒に帰ってくるよ。」
S「約束。」
ガキみたいに指切りして。
動き出す汽車の窓の向こうで
君の唇が「バイバイ」と動くのを見るのは怖かったから。
窓を追いかけずに叫ぶ。また。
コーーーイ…
.
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作者名：ゆみ
作成日時：2014年7月20日 14時
