162 ページ19
.
このまま溶けてしまえばいい。
今だけはもう何も考えたくなくて、ただそう願うことばかりだった。
いつの間にか柔らかく手を握られていたことに気がついて、私は優太さんよりも強く握り返した。
指先からも脈を感じ取ってそれだけでいつもより距離も近くに感じられた。
優太さんの唇がゆっくりと離れていくのが分かった。
目を見るのが恥ずかしい。なんて思いながらうっすらと目を開けると、優太さんは何か言いたげに私を見つめていた。
「優太さん…？」
「え？」
小さく呟かれた言葉を聞き取れなかった。
「ごめん」
今度はどうしてそんなことを言い出すのかが分からなかった。
「やっぱり…やめよ。こんなこと」
繋がっていた手と手はもう離れ離れになっていた。
理解が追い付かないまま、体勢を元に戻す優太さんの腕を掴んだ。
「どうしてですか…？」
「どうしてって…」
「私じゃダメでしたか？」
さっきまでとは打って替わってこちらを見てくれないから不安が心を支配していく。
私も起き上がると、
「そんなわけないだろ…」
瞳を揺らしながら優太さんが私に言った。
「じゃあなんで…」
「分かんないの？」
揺れていた瞳の色が変わったように感じた。
「Aがだめなんじゃない。俺がだめなんだ。
Aには俺じゃだめだから」
チクチクと喉元に小さな痛みが走り始める。
今すぐに否定しなくてはいけないと思った。
「そんなことないです」
「無理しなくていいよ。
Aは紫耀を忘れたいって言うけどほんとはそんな気ないんだろ？」
「違います…」
「嘘つかなくていいって」
嘘をついているのだろうか。
真っ直ぐに目を見て首を振れなかった時点で私は嘘つきなのだろうか。
「紫耀のことが忘れられなくて辛いなら俺を利用すればいいって思ってたよ」
「けどさ…他の男を想ってる子を抱けるほど俺は優しくないんだって今気づいた…だからごめん」
あの瞬間、私が少しでも紫耀のことを考えていたことに優太さんは気づいていた？
「優太さん私…本当に、」
「なに？
俺のことを好きになろうとしてたって？」
いつもみたいに穏やかではない鋭敏な目つきに思わず息をのんだ。
そしてゆっくりと頷いた。
この次の優太さんの反応が怖かった。
怖いと思ったのは自分の偽りを認めているようなもの。
「Aは心が優しいから。だから俺のこと断りきれなかったんだろ？
けどその優しさがキツいんだ」
.
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 1863人がお気に入り
お気に入り作者に追加
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名：來
| 作成日時：2020年12月13日 19時
