《文スト》転生少女と黒の時代 弐。

過去 壱 ページ25

＿＿平凡だった。

平均身長、平均体重、平均学力、平均運動力。

共に容姿は特に可もなく不可もなく。

こんな人間、本当にいるんだと思ってしまったのだ。
私自身、その何も特徴がない自分を悪くは思っていない。けれど偶に困る時はあった。

「えっと……誰だっけー？ あの子、名前忘れちゃった」

「名前とか見た目とか覚えてない？ あと学年とかさ」

「いや、それがなんか……思い出せないんだよね」

＿＿顔は当然特徴がないので覚えられないし、名前も何故か忘れられる。しかし友達はいた、不自然だが。

特徴がないのが特徴。まさにそれに当てはまる。

そんな私に、出逢いがあった。


「【人間失格】……？」


有名な文豪小説だった。

私以外居ない図書室で、ぽつりと呟いた。

何度かは題名を目にしたことはあるが、一部を読んだだけで、全ては読んだことはない気がする。
不意にも読もう、という今迄にはなかった欲が溢れ出してきた。怖いくらいに。

＿＿それからは様々な小説を読んだ。

太宰治の斜陽、女生徒、ヴィヨンの妻。
森鴎外の舞姫、ヰタ・セクスアリス、鼠坂。

詩にも惹かれた。

中原中也の汚れつちまつた悲しみに、月夜の浜辺、言葉なき歌。

挙げればキリがないくらいに、それは沢山の作品を読んだ。



世界が変わったのだ。



単純に、私は小説に、詩に、現実を忘れる程の空間に居たような気がしたのだ。

普通でも、平凡でも、特技がなくとも。

私には小説があった。詩があった。物語があった。

大仰かもしれない、でも本当に。




私は、文豪から沢山のことを教えられた。



【人間は、しばしば希望にあざむかれるが、

しかし、また、

「絶望」という観念にも

同様にあざむかれる事がある。
-太宰治-】

【のどかな春の日を

鳴き尽くし、鳴きあかし、

また鳴き暮らさなければ気が済まんと見える。

その上どこまでも登って行く、

いつまでも登って行く。

雲雀はきっと雲の中で死ぬに相違ない。

登り詰めた揚句は、

流れて雲に入って、

漂うているうちに形は消えてなくなって、

ただ声だけが空の裡に残るのかもしれない。
-夏目漱石-】




しかし、唐突にも私には死が目の前に迫っていた。


踏み外した、階段。図書室から数々の小説を抱えながら降りるには、注意が不十分だった。

打ち所が悪いのか、視界は黒に染まる。

……私はなんて運がないのだろうと、自分の宿命を呪った。

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