雪降る夜【2】 (ページ36)

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呪文83 ページ36

鬱陶しいと、その鮮やかな顔が語る。

怒っている。怒りに手で振り払うことさえ、

……ああ、払える手が無かったか。

A『カウントの制限を承諾故、
　残留を付属し、実行』

吸血鬼から見れば、くす玉だとか、クラッカー程度の目眩まし。

ぽんっ、とそれらしい音と共に爆ぜた。

貴族相手に完全になめきった、

馬鹿にしたその行為に。

ルカル「皆殺しにしてやるっ!!!!
　この家畜どもがああああ!!!!」

ここまではっきり聞こえる怒声と共に

殺意を突き出した。

皆殺し。私はどうせ、見えていないくせに。

時は刻一刻と刻まれる。

よってその時は近付く。

たとえ私が動かなくても。

呪符の爆発に見せかけてまで魔術を使うのは、肩慣らしだ。準備運動だ。

目を凝らす。

攻撃を掻い潜り、君月を殺そうと動く貴族の背後を優が確かに取った。

それに貴族は気付く。

気付いて尚、彼は動けなかった。

A『追加、
　カウント残り2、残留を消費許可故
　スピーナ、実行』

目を押さえて動きを止めた。

そして呆気なく、その命すらも止めた。

優に、新しい茶色の髪の人間に止められた。

先程のは、
爆発で飛び散った魔力を刺と変換させるもの。

入り込んだ目に、

吸い込んだ喉に、肺に、

張り付いた肌に、無数の針が刺さったのと

同じこと。

吸血鬼の生命に関係なくとも、

魔力を知らぬ彼は不可解な痛みに

混乱し、そして、ああなった。

あとちょっと。

きっと、多分、あと少し。

ここにいたい。

ここなら逃げやすいのに。

邪魔な裏切り者たちはいないのに。

そんな思いを抱えながら私はゆっくり

壊れた塔を下りる。

わざとゆっくり、

道さえ壊れたから下りるのに時間が

かかるのだと装って。

いや、実際そうなのだけど。

そんな弱気にも思える彼女はしかし、

平然と、何にも怯える様子はない。

ただ、面倒なだけだ。

逃げられないなんて、抜け出せないなんて。

そんなことは微塵にも思っていない。

最悪、色々巻き込んじゃえば。

最悪、魔力ギリギリまで放出しちゃえば。

逃げられる。できる。

魔力を、自分を安定させるために。

自信の持ち方は、もう知ってる。

気にしているのは人間のこと。

何年か、利用させてもらったのだから。

綺麗に裏切ってあげたいと。

私のせいで死んでほしくないと。

立つ鳥あとを濁さず、と人間が言うのは

こういう感情なんだろうなぁ。