敗北 ページ23
声の主は司だった。
「冬弥から話は聞いた。類は聞くのを拒否していたが、オレは耐えられなかった。本当に済まなかった」
「最初から、落ち着いて考えればわかる話だったのにな」、司は目尻に涙を貯めて、力なく笑った。
「冬弥はクラスの奴らに説明をしておくように頼んでおいた。少しは戻りやすくなると思うが…。まあ、無理な話だよな。落ち着いたら保健室に行くといい」
『…ん、』
ありがとう。その言葉は出なかった。まだ、きっと信じきれていないんだろう。お互いに。
でも。
この心に空いた穴を埋めるものが必要だった。そうじゃないと、壊れてしまいそうな程に。
「……？！」
無意識に司のカーディガンに顔を埋めていた。
『ごめん、少しだけ…こうさせて』
「……分かった」
司は黙って私の背中に手を置いた。いつもより彼の手は暖かかった。
人の体温を久しぶりに感じた私は、気づけば意識を手放していた。
♪……♪
「＿＿！＿＿A！」
『ん…』
何分時間が経っただろうか。
司に起こされ、朦朧とする視界がちょっとずつ開けていた頃。
「今の気分は？」
司は静かに問いかけた。
『類の表情が忘れられなくて』
「きっと、あいつに夢中なんだな」
『え？違』
「じゃあなんで嫌われたやつのことを考える？今までお前は、他人はどうでもいい。そうだったろ？」
『…あ』
図星だった。そっか、私は類にいつの間にか夢中になってたんだ。だから、あんなに傷ついたんだ。
彼の優しい笑顔、少しお茶目な仕草、紳士な行動をとる様子、真剣に考え込む表情。全てがはっきりと頭に浮かぶ。
『…いつの間にか、類のこと大好きだったんだ、』
「…負けたな」
『ん？』
「いや、なんでもない」
『ありがとう、司』
「…！いや、本当にオレが悪かった、ほら、行くなら行くぞ」
『え？あっ、うん、！』
司は私の手首を掴み、立ち上がった。その手は何よりも暖かく、私の緊張の心をもほぐすかのようだった。
歩いてしばらく。タイミングよく5時限目の終了のチャイムが鳴った。
まずは話す時間を確保しなければ。
「あ、類がいたぞ」
そこには、1人シャーペンを手に、廊下の壁を使って紙に何かを書き込んでいる横顔があった。
『…う、』
上手く足が進まない。怖い。また拒絶されたら、そんな思考がよぎる。
「…大丈夫か？無理に連れてきて悪かった」
『司、着いてきて…』
でも、今は逃げるべきではない。
私は歯を食いしばって歩を進めた。
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作者名：ｆ. | 作成日時：2022年2月6日 17時
