３７６．Side S ページ43
智くんは顔色一つ変えずに静かに尋ねた。
「……その男性の写真はありますか？」
「はい。
幸い顔はほぼ無傷でした」
山村警部補に促された井上巡査部長が、上着の内ポケットから写真を出して智くんの前に置いた。
それを見た瞬間、智くんの表情が動いた。
当然見覚えのない人物だと思っていたのだが、どうもそうではないらしい様子に、カズと俺は驚いて顔を見合わせた。
「ご存知のようですね」
山村警部補に問われて、智くんは写真を凝視したまま「ええ。知っています」と呟くように答えた。
元々優れなかった顔色が、さらに青白くなっている。
「この人は……三上邦彦さん…検察事務官です。
京都地検で一緒に働いていました」
何だって…？
どうしてそんな人が…？
山村警部補は身を乗り出すようして、智くんの顔をじっと見つめた。
井上巡査部長は緊張した面持ちで手帳にペンを走らせている。
「間違いありませんか？」
智くんは険しい表情で「はい」と言って、写真を山村警部補に返した。
「三上事務官は現在も京都地検の勤務ですか？」
「いいえ。
二年前、僕が怪我で休職して間もなく、北海道に転勤になったと聞いています」
「最後に会ったのはいつですか？」
「……事件後は会っていません。
正確に言うと、事件直後何度も病院に来てくれたそうですが、僕の状態が悪かったので会えなかったのです。
僕の面会謝絶が解けたときには、彼はもう転勤した後でした。
その後、僕も東京に移ったので、それっきりになってしまいました」
「今日、彼はどうして護国寺に居たのでしょう。
心当たりはありませんか？」
「………」
智くんは顎にほっそりとした指を当てて俯き、何かを考え込んでいる。
おそらく彼の頭の中では今、三上事務官に関する記憶と豊富な捜査経験に基づいた推理がめまぐるしく交錯していることだろう。
山村警部補もそんな智くんの様子をじっと見守っている。
やがて智くんが静かに顔を上げた。
「心当たりはありません。
彼の実家は九州ですし、何の用事であの場にいたのかわかりません。
ただ…」
「ただ？」
「僕に声を掛けずに、黙って傘を持って行ったということには、意味があるんでしょうね。
何を伝えたかったのか、それを僕も知りたい」
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作者名：kotorix
| 作成日時：2012年5月8日 15時
