３７５．Side S ページ42
「地検の大野検事のお名前は、私どももかねてより存じ上げております。
お怪我の具合はいかがですか？」
山村警部補は智くんの右手の包帯を見て言った。
二年前の京都の事件は検察・警察の捜査機関に属するもの全てに衝撃を与えた。
先月、智くんが京都で襲われた一件も、捜査関係者では知らないものはおそらくいないだろう。
「随分良くなりました」
智くんが穏やかな表情でふにゃっと微笑むと、目の前の刑事たちはそれまでの強面から一転、少し照れたような表情で微笑んだ。
彼と初めて会った人は、大抵こういう反応をする。
初対面の壁を、何となく一瞬で取り払われてしまうというか…ある種の特殊能力だな。
俺はお茶の準備をしてくれたカズと一緒に席を外そうと思っていたが、居間を出て行こうとしたとき引き止められた。
「翔くん、カズ。
よかったらここに居て。
山村さん、いいですよね」
「ええ、大野検事がよろしければ、構いませんよ」
カズと俺は顔を見合わせて頷き合うと、ダイニングの空いている席に座った。
山村警部補は早速本題を切り出した。
「護国寺駅でホームに転落した男性は、すぐに病院に搬送されましたが、依然として意識不明の状態が続いています。
身元を示す物を何も所持していなかったため、どこの誰かわかっていないのが現状です」
「どうして転落したのですか？」
「ホームに設置されていた防犯カメラの映像で確認しましたが、単独で飛び降りていました。
周囲には誰もいませんし、酩酊しているようでもありません。
タイミングを測って飛び降りているところからすると、明らかに覚悟の上でしょう」
「……それが判明していながら、あなた方が僕に会いに来られたということは、何か不審な点があるんですね？」
智くんがそう言うと、山村警部補は頷いた。
「仰るとおりです。
防犯カメラで確認しましたが、男性の唯一の所持品が大野検事の傘だったのです。
申し上げにくいのですが、一般の方ならともかく、あなたの傘だったというのがやはり気になります。
身元を示す物を何一つ所持していないというのも不自然ですし、
検事に何かお心当たりがあるのではないかと思いまして」
言葉は丁寧だが、まるで智くんが禍の元と言われているようで、何だか頭に来た。
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作者名：kotorix
| 作成日時：2012年5月8日 15時
