桜の木のある家で８ (ページ40)

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３７３．Side S ページ40

二年前、俺は深く傷付いた彼をここに住むよう誘った。
そのときから、分かち合えるものは、それが如何なるものであっても共に引き受ける覚悟は出来ている。
いつでも扉を開けてるつもりだった。
しかし彼は、自分の中の悲しみや苦しみを、まるで亡くなった奥さんへの贖罪であるかのように自分の中に囲い込む。

智くんは強い人。
幼い日に出会った頃から、その尊い気性は変わらない。

だけど、頑丈なはずの金属だって、小さな繰り返し応力の積み重ねで、ついにはポキンと折れてしてしまうことがある。
いわゆる金属疲労というやつだ。
日常的に無理を重ねることで、彼にそれと同じようなことが起きないとも限らない。
俺にはそれが心配だった。

カズがリビングボードの上のメモを見ながら、智くんに言った。

「ついさっき、警察から連絡がありましたよ。
　大塚警察署の刑事さんが、ホームから落ちた人の件で、大野さんに話を聞きたいって」

「俺に？」

「傘は置き引きされたものだって事はとっくに伝えてあるのに、何でかなと思ったんだけど」

智くんからの電話で無事を確認した後、すぐに警察へ連絡した。
そのときに事故現場で回収された傘は、コンビニの傘立てから置き引きされたものと説明したのだが、連絡が漏れたのだろうか。

智くんは腑に落ちないような顔をした。

「……何か不審な点でもあったのかな。
　ここに来るって？」

「ええ。
　四時前には着くそうです」

今日の地下鉄の事故…
思い出しただけでもぞっとする。
情況からするとホームに落ちたのは智くんじゃないと思っていたけれど、だからといって連絡が付かなかった彼を心配していなかったわけじゃない。
怖々握った受話器から彼の声が聞こえて来た時、安堵のあまり、床にへたり込んでしまった。

そういえば、転落した男性の安否を聞いていなかったことに気付いた。
ニュースでも病院へ搬送されたとしか伝えられていないが、どうなったのだろう。
智くんに話を聞きにくるということは、身元がまだ判明してないということか？

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