３６４．着信 ページ31
潤くんが訝しげに翔さんを振り返ると、彼は「冷静になろう」と言った。
「俺は大野さんじゃないと思う」
「えっ…？」
そうだったらどんなにいいか。
情況的には大野さんである可能性が高いのに、翔さんは落ち着いていた。
「傘に書かれた名前や電話番号なんて、本人のものかあてにならないよ。
それよりだったら、身に着けてる身分証明書とか携帯電話とかの方が本人確認をしやすい。
大野さんは、地検に出入りする際のＩＤとして検事の身分証は常に携帯しているし、
健康保険証も財布に入れてる。
地下鉄に乗ったからには定期券だって持ってるはずなのに」
言われてみればそうだ。
「電車に撥ねられたときに、どっかに行っちゃったとか？」
「地検のＩＤは絶対落とさないようにベルトに通してるから、多少のことでは身体から離れない。
それに、事故の衝撃で吹っ飛んだにしても、現場で回収されてるはずだよ。
携帯電話にしても、呼び出しはしてるんだよね？
現場にあったら気付かないはずないよ」
「…じゃあ、別人…！？」
翔さんは頷いた。
「身分を示すものを全く持ってない方が、ある意味不自然な時代だよ？
故意に持ってなかった可能性が高いと思う。
だとしたらそれは大野さんじゃない」
「…それじゃあ、どうして大野さんの傘を持ってたんだろう」
その時、居間の固定電話がまた着信した。
心臓が跳ね上がった。
思いっきりレトロな電話だから、相手の電話番号なんか表示する機能はない。
誰からの電話だろう。
護国寺駅か、警察か……
あるいは、大野さんか………
翔さんが緊張した面持ちで受話器を取った。
「はい、櫻井―――」
電話の相手の声に耳を傾ける翔さんを、息を止めて見つめる。
俺は祈った。
どうか大野さんからの電話でありますように―――
次の瞬間、翔さんの手から受話器が落ちた。
「翔さん！？」
スローモーションのように膝から崩れ落ちた彼を潤くんが咄嗟に支える。
いったい誰からの電話なの―――？
静まり返った居間。
コードで宙ぶらりんになった受話器。
そこから微かに聞こえて来たのは………
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作者名：kotorix
| 作成日時：2012年5月8日 15時
