桜の木のある家で (ページ36)

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３６．初仕事　　(2/5) ページ36

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「…おっ…おはようございますっ……！」

俺はおそらく最高に間抜けな顔で挨拶をしたと思う。

大野さんは不思議そうに俺の顔をじっと見ると、目の前にやってきて、美しいという形容がぴったりの右手をこちらに伸ばした。
ひんやりとした掌が何の躊躇もなく額に当てられて、どきっとする。

「なんだか顔が赤いよ？
　風邪でも引いたんじゃない？」

いや…俺、別に熱出したわけじゃないから。
慌てて大野さんから離れ、「何でもないです」と誤摩化す。

大野さんは「ならいいけど」とふわっと微笑んで、ソファに座った。
笑顔こそいつものまんまだけど、スーツの足を組み、新聞を広げる彼の姿は、いかにも出来る男という感じ。
パーカーを着て前髪を下ろした昨日までの大野さんとはかけ離れている。

ローテーブルの上に、紺色の風呂敷包みと薄めの黒いブリーフケースが置いてある。
風呂敷の中には分厚い書類がどっさりという感じ。
潤くんが言っていた、家に持ち帰ってる仕事ってこれか。
小柄で痩身の大野さんにとっては、これを持ち歩くだけでもかなりの重労働かも。

こんな時間にすっかり身支度を整えているということは、もうすぐ出掛けるつもりに違いない。
ええと、大野さんの朝メシはどうするんだっけ。
俺はポケットからメモ帳を取り出した。

昨日の夜遅く帰ってきた相葉さんが、「これあげる」と渡してくれたのが、ここの住人の好き嫌いや食べる量、朝ご飯のメニューを書き記した通称「相葉メモ」。
「賄い人」としては残念ながら好評とはいえなかったようだが、彼は彼なりに少なくとも頑張っていたのだ。

昨日は、これを貰った時間がえらく遅かったので、中身までは読んでいなかった。
早速活用できるかな。

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