７８． ページ28
最後のレコーディングの日もそうだった。
歌い終えた彼は、ふらついて…
気が抜けたなんて誤摩化していたけど、あの顔色はそんなもんじゃなかった。
トイレに行ったきり戻って来ない智くんをメンバーが心配し出して、みんなで迎えに行った。
こもった個室で一人、どうにもならない苦痛に耐えているのはわかっていた。
何とかしてやりたくても、何も出来ない…
何一つ出来ない俺は、「頼むから戻ってて」と言う彼の言葉に従ってやることしか出来なかった。
そして……あの瞬間が訪れた。
プロデューサーとの最終確認のため、俺らが控室を離れた隙に智くんは……
あの時、俺は、彼が一人きりになりたがった理由を知っていたのに。
知っていて一人にしちゃったんだ…
独りに―――
「翔くん」
智くんが俺の頬に流れる涙を見つめている。
幾度流しても流し足りない、後悔の涙。
彼は俺の頬にそっと手を伸ばした。
頬に触れた瞬間、指先が光る粒子にふわっと変わったけれど、何か温かな感触が皮膚に残った。
「おいらはね、一人じゃなかったよ」
「え…？」
「ずっとずうっと、翔くんがいてくれたじゃん」
「でも…！」
「最後のとき、おいらを抱きしめてくれてたでしょ…？」
「えっ…」
「見えなくてもわかったよ。
翔くんだって。
やっぱすげぇなあ、何もかもお見通しなんだなぁって思った」
「………あの時…
俺は…あなたの側に居られたの…？」
「うん。
…おいら、最後のときは一人でいい、一人がいいって、ずっと思ってた。
でも、あの時…
翔くん、おいらを抱きしめてくれたでしょ？
すっごく安心出来て…
とっても気持ちよかった……」
智くんが微笑んで、俺をまっすぐに見つめた。
「………あの時、すごく幸せだった。
翔くんがいてくれて、抱きしめてくれて。
……おいらね、それが言いたくて会いに来たんだ。
……ありがとう、翔くん―――」
心の中の重い荷物が一気に取り払われたような思いがした。
最後の瞬間に一人にしてしまったという激しい後悔。
それが俺の中からゆっくりと消えようとしている。
胸がいっぱいになって、今度は嬉しい涙で頬が濡れた。
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作者名：kotorix
| 作成日時：2012年1月15日 17時
