６５． ページ15
医師の口から出たのは、俺の中で何の意味も持たない労りのこもった説明だった。
無理もない。
ごくまれに奇跡とされるケースを除き、医学的な見地からすれば、長期間の深昏睡の延長線上にあるものは脳死。
今更「奇跡があるかもしれませんよね！？」と食い下がる気もなかった。
「ご家族が今、こちらへ向かわれています。
皆さんのご面会はご家族同様にとのことですので、よろしければお部屋にどうぞ」
二人で医師の後に付いて行った。
緊張しながら病室に入ると、一人だけ残った医療スタッフが点滴の調整をしているところだった。
医師の許可を得て、ベッドの中でぽつんと眠る智くんに歩み寄る。
「リーダー…！」
相葉くんが言葉を詰まらせる。
智くんの顔は発熱のために赤く、いつもよりも血色が良く見えた。
穏やかな表情は前と変わりないが、感染症で肺の機能が低下していて、呼吸が速く、浅い。
頬にそっと掌を当てると、明らかに熱を帯びていた。
「智くん…」
俺は点滴のために布団の外に出された白い左手を手に取った。
どうか生きてくれと祈りを込めて、そっと両手で握る。
手の中の智くんの華奢な手。
さっきはこの指が動いた。
俺が来たことを知って、合図を送ってくれたんじゃないかとさえ思ってしまう。
動いたという俺の発言を思い出したのか、医師が言った。
「大野さんは深昏睡でありながら、覚醒時に類似しているα波優位の脳波パターン、
いわゆるα昏睡の様相を呈しています。
脳波に変化がないか、後ほど調べてみましょう」
このホスピスでは、一般の病院では意味がないとされていることでも、患者本人や家族の希望があれば、出来るだけそれに添おうとしてくれる。
「スタッフステーションでモニターしていますが、
何かありましたら声を掛けて下さい」
医師はそう言って、処置を終えた看護師と出て行った。
意識回復は見込みがないと言っていた医師が、譲歩したのだろうか、検査を申し出てくれた。
専門的なことは正直どうでもよかったが、智くんに覚醒の兆しが少しでもあるならば、それを手助けするためにも是非知りたい。
そんな俺の思いとは裏腹にぴくりとも動かない彼の手を期待を込めて握り続けていると、相葉くんが言った。
「翔ちゃん、見て…」
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作者名：kotorix
| 作成日時：2012年1月15日 17時
