未遂 ページ46
「今日も勇利くんは走り込み?」
「うん。でももう良い頃じゃないかな、体型も戻ってきたしね」
何事も無かったかのように平然と優子ちゃんと話すヴィクトルの横顔を見て、温もりの離れた手を無意識に摩った。ヴィクトルは好きでもなんでもない人の手だって、簡単に繋げてしまうんだなと考えていたのだ。
生娘じゃあるまいし、と思うし、自分にとってのスキンシップも同じようなものなのかもしれないと思う。されればそれなりに答える。でも、何だかそれがちょっと面白くなかった。ヴィクトルが駄目で自分は良いなんて、身勝手すぎる考え方だ。
「(ヴィクトルは俺に一体何をしたんだろう)」
ここ最近の自分の気持ちの不安定さに、小さく息を吐き出した。明らかに原因はヴィクトルにあると思う。けれどそれが何故なのかまではわからなかった。
「A?」
「え…? あ、すみません何でもないです」
とにかくモヤモヤする。その気持ちを胸の奥に押し込んで、リンクに入っていくヴィクトルの後に続いた。
きっとそのうち、いつも通りになる。でも、
「(いつも通りって、どんなだったっけ)」
ヴィクトルが来てからの『いつも通り』が思い出せない。もしかしたらそれすら変わってしまったのかも。ヴィクトルの影響力は物凄いのだなと、ストレッチをしてからまたスケート靴の紐を手早く結ぶ姿を見て、ぼんやり考えた。
「A、其処で見ていて」
柔らかく笑ったヴィクトルが、氷上へ向かう。本当にただ見学に来ただけの自分は何をするでもなく、リンクの塀に手をついてじっと彼を見つめるだけだ。それだけなのに、こんなに胸がドキドキする。
以前見た時と同じように、いくらか足を慣らしてから演技の練習に入る姿。普段の快活さや可愛らしい一面が身を潜めて、爽やかで妖艶で、そして儚い動作。それに目を奪われる。
時折目が合う度に頬が紅潮してしまうのが自分でもわかった。
見惚れてしまうのは認めよう。息をするのも瞬きをするのも勿体ないと思うような時間だった。
「またそんな顔をして…いけない子だね」
一通り滑ったあと、またこちらの目の前に滑り寄るヴィクトルに、頬を撫でられる。
「…だって、」
其処でまた言葉が出なくて、目を細めたヴィクトルの目をじっと見つめた。
「可愛い」
顎を掬われ、近付く顔に、自然と目を伏せる。呟くヴィクトルの声が、息が、唇にかかった。
「いい加減気付けよヴィクトル!」
触れ合う直前に、聞きなれない声が響いた。
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倉科(プロフ) - Kagaさん» わざわざ返信ありがとうございます…!!続編も応援しているので、頑張って下さい!※長引かせると申し訳ないので返信は不要です。 (2016年12月5日 11時) (レス) id: 04ed6ff0e3 (このIDを非表示/違反報告)
Kaga(プロフ) - びわさん» びわさんはじめまして、コメントありがとうございます!何度も読み返して頂けているなんて光栄です(;_;)少しずつヴィクトルに変えられていく彼や周りの人間、ヴィクトル本人の動きをこれからも楽しみにして頂けると嬉しいです^^* (2016年12月5日 8時) (レス) id: c0624adda5 (このIDを非表示/違反報告)
Kaga(プロフ) - 倉科さん» 倉科さんはじめまして、コメントありがとうございます!描写は細かく頭で映像を浮かべやすいように、と心掛けていたので嬉しいです(;_;)これからもまだまだ続きますので、またお読み頂けると嬉しいです!´`* (2016年12月5日 8時) (レス) id: c0624adda5 (このIDを非表示/違反報告)
びわ - 他の小説にはない豊かな表現がとても好きで何度も読み返しています。主人公の心情が動いていくさま、過去のことなど話の構成が面白いです。これからも応援しております。 (2016年12月5日 2時) (レス) id: be5139214a (このIDを非表示/違反報告)
倉科(プロフ) - コメント失礼します。このサイトではあまり見かけないとても分かりやすく鮮やかな描写が素敵で一気に読んでしましました…w凄く引き込まれてまだまだ続きが気になります。更新を日頃の楽しみにしつつ読ませていただきますのでこれからも頑張って下さい。 (2016年12月4日 23時) (レス) id: 04ed6ff0e3 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:Kaga | 作者ホームページ:https://twitter.com/kaga_yoi
作成日時:2016年11月6日 21時