引かれる腕 ページ30
「A、体調はもう大丈夫?」
そういえば、というように、ヴィクトルが前に踏み出し扉を開きながら首を傾げる。
思い返せば昨日のやり取りは夢か現か分からないが、ヴィクトルが傍に居てくれたような気がするし、それでなくても初日に一番に気付いて布団へ運んでくれたのはヴィクトルなのだ。申し訳ないやら、恥ずかしいやらでどんな顔をしたら良いのかわからなくなる。
「もう、平気です。ご迷惑を……」
おかけしました、と俯きながら小さく呟くと、ヴィクトルがくすりと笑う声が聞こえて顔をあげる。
「いや、なかなか見れないだろうAが見れたから、俺は良いんだけど」
「…はあ」
「あれ、まさか覚えていない?」
「…熱で頭働いてなかったので、何処までが夢で何処からが現実だかさっぱり…」
「じゃあ無意識下って事だね、Aは魔性だなぁ」
「え?」
そんな失態を晒したのだろうかと冷や汗をかいていたら、ヴィクトルは何故か一際嬉しそうに笑って、扉を片手で支えたまま、もう片手でこちらの腕をぐいぐいと引っ張る。
「ほら早く入ろうよ」
ヴィクトルはスポーツ選手、こちらはスポーツ無縁の小柄な男。引かれる力にこらえられる訳もなく、とっとっと、と足が前に踏み出していく。
久しぶりの、アイスキャッスルはせつ。五年前東京に越す前、此処に来た最後はいつだったっけ。
「ユウコは中に居るよ、勇利は外で走り込み中」
「へ、走り込み?」
中に踏み入ってからもそのまま腕を引かれて進む。受付に居るはずの優子ちゃんが居ないことに疑問を抱く前に、勇利の姿を探す前に、ヴィクトルはこちらの考えを読むかのようにそう答えた。
聞くところによるとどうやら勇利のコーチになるのは本気のようで、けれどあの腹を何とかしないとコーチにはなれないと、まずは身体を絞る事から始めているそうだ。
「ヴィクトルは…?」
「……俺に興味出てきた? 嬉しいね、俺は身体がなまらないように滑ってるよ、今勇利を送り出して戻ってきた所」
いや別に興味が無かった訳では、と思ったけれどそれを伝えるとまた激しいスキンシップに襲われそうだと控えることにした。ヴィクトルは言葉通り嬉しそうに鼻歌を歌いながら進む。
リンクの入口前までやって来た時、冷えた空気と同じように、緊張で指先が冷える。
「ユウコ〜、お客様だよ」
ヴィクトルが前でひらりと手を振って、その後ろに続く。五年ぶりの優子ちゃん、勇利に会う時より緊張しているのは、何故なんだろう。
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倉科(プロフ) - Kagaさん» わざわざ返信ありがとうございます…!!続編も応援しているので、頑張って下さい!※長引かせると申し訳ないので返信は不要です。 (2016年12月5日 11時) (レス) id: 04ed6ff0e3 (このIDを非表示/違反報告)
Kaga(プロフ) - びわさん» びわさんはじめまして、コメントありがとうございます!何度も読み返して頂けているなんて光栄です(;_;)少しずつヴィクトルに変えられていく彼や周りの人間、ヴィクトル本人の動きをこれからも楽しみにして頂けると嬉しいです^^* (2016年12月5日 8時) (レス) id: c0624adda5 (このIDを非表示/違反報告)
Kaga(プロフ) - 倉科さん» 倉科さんはじめまして、コメントありがとうございます!描写は細かく頭で映像を浮かべやすいように、と心掛けていたので嬉しいです(;_;)これからもまだまだ続きますので、またお読み頂けると嬉しいです!´`* (2016年12月5日 8時) (レス) id: c0624adda5 (このIDを非表示/違反報告)
びわ - 他の小説にはない豊かな表現がとても好きで何度も読み返しています。主人公の心情が動いていくさま、過去のことなど話の構成が面白いです。これからも応援しております。 (2016年12月5日 2時) (レス) id: be5139214a (このIDを非表示/違反報告)
倉科(プロフ) - コメント失礼します。このサイトではあまり見かけないとても分かりやすく鮮やかな描写が素敵で一気に読んでしましました…w凄く引き込まれてまだまだ続きが気になります。更新を日頃の楽しみにしつつ読ませていただきますのでこれからも頑張って下さい。 (2016年12月4日 23時) (レス) id: 04ed6ff0e3 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:Kaga | 作者ホームページ:https://twitter.com/kaga_yoi
作成日時:2016年11月6日 21時