幼心 ページ26
思えば己の初恋は、勇利だったのだと思う。彼に対し兄のような憧れを持っていたけれど、あれはきっと幼心に抱いた恋心だったのだと、今振り返るとそう思う。
だからこそ同じ時を過ごしたくて、スケートを始めて、勇利が追い掛けたヴィクトルに幾度か妬心を抱いた事も、そういえばあった。ヴィクトルの存在自体をその時はきちんと認識していなかったけれど、勇利を夢中にさせた存在が妬ましいと思っていた。
まさか、今その対象と一つ屋根の下だなんて、あの時の自分には想像出来なかっただろう。
己がホモセクシュアルだという事は昔に打ち明けた事がある。でも、気持ちを打ち明けた事は無い。夢を追いかける勇利の邪魔をしたくないというのは建前で、本音を言うとするならば、ただ単に拒絶される事が、その先距離が生まれる事が怖かったのだ。
勇利は真っ直ぐで素直で、でも、あの見た目と性格からは初めは想像がつかないかもしれないが、意外にもドライだ。基本的に周囲に興味が無い人間であると思う。
己の立ち位置と、目指す点とを結ぶ線。それだけしか見ていない。その周りにどれだけ素晴らしい絶景があっても、絶品の料理があっても、声援があっても、彼は見向きもしない。それどころか少し鬱陶しいとすら感じているだろう。
そんな彼に告げるなんて恐ろしい事が出来る訳も無く、押し殺したまま東京へ出た。其処での生活は色々あったけれど、幾らか恋人が出来たけれど、それでも勇利の事は今でも好きだと思う。ただ、それは最早恋情では無いのだと感じている。
愛の種類はややこしいが、勇利とキスをしたいだとか、まぐわりたいだとか、そういった気持ちは抱かない。抱きしめて欲しいとも思わない。ただ、笑う彼の姿を遠目にでも見ていたいと、それだけ。それは本当に愛と呼べるのかと言われると、自信は無いけれど。
「A」
掠れた低い声に名前を呼ばれる。夢現でふわりとした感覚の中、その声は勇利なのか、以前の恋人なのか、それとも。それすら解らないほどに微睡んでいた。
「A、起きた?」
「ん…──?」
「……違うよ、A、俺だよ」
上手く回らない舌で誰かの名前を呼ぶ。今、誰の名前を呼んだだろう。それすら自分でも解らない。
ようやく薄らと目を開いたところで、こちらを見つめるヴィクトルが見えた。朝方部屋から追い出したばかりだ。寛子さんに、ヴィクトルは勇利と出掛けたと聞いた。此処に居るはずが無い。
まだ夢を見ているのだろうか。
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倉科(プロフ) - Kagaさん» わざわざ返信ありがとうございます…!!続編も応援しているので、頑張って下さい!※長引かせると申し訳ないので返信は不要です。 (2016年12月5日 11時) (レス) id: 04ed6ff0e3 (このIDを非表示/違反報告)
Kaga(プロフ) - びわさん» びわさんはじめまして、コメントありがとうございます!何度も読み返して頂けているなんて光栄です(;_;)少しずつヴィクトルに変えられていく彼や周りの人間、ヴィクトル本人の動きをこれからも楽しみにして頂けると嬉しいです^^* (2016年12月5日 8時) (レス) id: c0624adda5 (このIDを非表示/違反報告)
Kaga(プロフ) - 倉科さん» 倉科さんはじめまして、コメントありがとうございます!描写は細かく頭で映像を浮かべやすいように、と心掛けていたので嬉しいです(;_;)これからもまだまだ続きますので、またお読み頂けると嬉しいです!´`* (2016年12月5日 8時) (レス) id: c0624adda5 (このIDを非表示/違反報告)
びわ - 他の小説にはない豊かな表現がとても好きで何度も読み返しています。主人公の心情が動いていくさま、過去のことなど話の構成が面白いです。これからも応援しております。 (2016年12月5日 2時) (レス) id: be5139214a (このIDを非表示/違反報告)
倉科(プロフ) - コメント失礼します。このサイトではあまり見かけないとても分かりやすく鮮やかな描写が素敵で一気に読んでしましました…w凄く引き込まれてまだまだ続きが気になります。更新を日頃の楽しみにしつつ読ませていただきますのでこれからも頑張って下さい。 (2016年12月4日 23時) (レス) id: 04ed6ff0e3 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:Kaga | 作者ホームページ:https://twitter.com/kaga_yoi
作成日時:2016年11月6日 21時