episode-36 ページ38
｢せめて、ヴィルを大切に想ってくれるルーク君には誠実でありたかった、というのは私のエゴでしかないのだけど……｣
｢エゴの無い人間なんて居ないよ。むしろ貴女は十分健闘しているように見える。だから、これはあなたに……｣
懐から出したあの写真を、彼女の力ない手に握らせる。あの、父の書斎の引き出しの奥から出てきた、古びた写真だ。主が不在の書斎でその写真を見つけたとき、私はそこに映る女性こそがヴィルの母親であるのだと、妙に確信めいたものを感じてしまった。
今目の前で横たわるかつての被写体と、写真に映る彼女とでは、大して年齢の差を感じさせないのが不思議に思える。そこでさっきの憶測と辻褄が合うわけだ。
｢貴女が持っていてくれるかな……？｣
｢わっ、これ、リヒルデさんですか？｣
会話に割り込んだユウ君が、リヒルデの手元の写真に驚く。ぼんやりと天井を見つめたままの瞳が私の顔を捕らえるまで、そう時間は掛からなかった。
｢いいの……？貰ってしまって。これは君のお父上の……｣
｢預かっていて欲しいんだ。きっと、その方が父の為になるからね｣
｢……きっと君がそう言うのなら、そうなのでしょうね。預かっておくわ｣
その間ユウ君は不思議そうに私とリヒルデの顔を交互に見つめていた。でも、君に知られる訳には行かないんだ。まだ私もリヒルデも、何が正しいのかなんて分からないから。
side-リヒルデ
受け取った写真を胸元に仕舞う。どうしてあの人はこの写真を持っていたのだろう。私の事なんて、もう忘れているだろうに。
湿度を持った雰囲気の中で、つい冷たい気持ちになってしまった、……その時だった。
｢ユウ……！よかった、ここに居たのか｣
｢ツノ太郎？！｣
ルークの部屋のドアが勢いよく開けられ、長身の男がつかつかとこちらに歩み寄ってくる。……まあ、ユウに用事があるようだったが。
｢グリムは何とか無理やり魔力を封じさせて落ち着かせた。しかしまだ完全では無いんだ｣
男はこちらの困惑も気に留めず、どこか威厳すら感じさせるその風格を持て余しながら、事情を説明しだした。
頭部の角は恐らく妖精族特有のものだろう。特にあの形は夜の眷族であるドラゴンで間違いない。ドラコニア一族……いや、考えすぎか。
｢忙しなくしてすまなかったな。ハントと……お前は？｣
鋭いライムグリーンの瞳が、私を捕らえた。
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作者名：虹雪 | 作成日時：2024年2月8日 2時
