episode-35 ページ37
｢貴女がヴィルの母親じゃないかって、ね｣
｢えぇ……？！｣
真っ先に反応を見せてくれたのはユウ君だった。心底ショックそうな表情に私も胸が傷んだが、こういうことは早いうちに知っておいた方が、後々凝りにはならないだろう。
｢ヴィルは母親の顔を知らないんだ。顔どころがどこの誰なのかさえも｣
｢そう、なんですか……？リヒルデさん｣
私たちの視線を一手に集めたリヒルデは、痺れを切らしたように静かに口を開いた。
｢私に……子供はいないわ｣
動揺するトリックスターを宥めるような優しい声で、リヒルデは呟いた。否定されるだろうことはある程度分かっていたつもりだが、それでも意表を突かれたような衝撃を覚えてしまう。
｢そう、いつまでも隠し通せることでもないだろう。どうしてそんなこと……｣
｢……隠すもなにも、本当のことだもの｣
彼女の強い瞳が、真っ直ぐに私を見つめていた。ああ、やっぱり何もかもがそっくりじゃないか。
｢……そうかい。残念だよ。ヴィルに母親を会わせられると思ったのに｣
｢ごめんなさいね。私にはどうすることも出来ないから……｣
言葉だけ取れば冷たい言い草だとさえ感じられるが、しかし彼女の表情はどこか寂しげだった。ただ単純に己の無力を静かに嘆く、愛と慈しみに満ちた一人の母親の顔だった。
｢……狡い大人だって、恨んでくれたっていいわ。あの子の代わりに目一杯恨んでちょうだい｣
｢リヒルデ……！｣
力ない目がゆっくりとこちらに向けられる。私は驚きで目を見開いたまま、彼女の顔を凝視してしまった。
というのも今しがたのリヒルデの発言は、彼女がヴィルの母であることを暗に肯定してしまったからだ。……幸いユウ君は気付いていないらしいが。
リヒルデはまるで、自分がヴィルに恨まれていると信じて疑っていないかのようだ。……恐らく何らかの事情で彼と生き別れになってしまった事を、今も尚負い目に感じているのだろう。だからリヒルデは『母でない女』を演じ続ける道を選んだ。
……母としてヴィルに会うことも叶わない今、私に｢恨め｣というのは彼女の独りよがりに過ぎない。……が、この慈しみに溢れた女性が我が子と引き離された時、どれほど悲しみに暮れたのかは想像に難くない。
｢せめて、ヴィルを大切に想ってくれるルーク君には誠実でありたかった、というのは私のエゴでしかないけれど……｣
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 2人がお気に入り
お気に入り作者に追加
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名：虹雪 | 作成日時：2024年2月8日 2時
