episode-33 ページ35
ヴィルは基本的に、他者に対して執着や未練のようなものを示すことはごく稀だ。むしろ異常だとさえ感じる。それなのに、ここまで彼女を気に掛けるとは……。
やはり、知らなくても分かってしまうのだろうか。『血』という、決して覆せない生命の結び付きに。
｢……こんなの初めてよ。自分でも不思議だわ。もし、あの人が取り返しのつかないことになってしまったらと思うと……アタシ、怖いの…………！｣
ヴィル本人も、そのように思った原因が分からず動揺してしまっているらしい。ヴィルはいつも冷静だった。幼い頃から芸能界という荒波に揉まれて生きてきたから、精神年齢も同世代の私たちより高いと思えることもある。
そんなヴィルの理性の分厚い壁を透過して、心の深く奥底にある本能の部分に、確かにリヒルデの存在は訴えかけている。
｢……じゃあヴィル、私が残るよ。リヒルデは私が守ってみせる｣
｢そ、それじゃあアンタが危険に……。っ、いいえ、アタシも一緒に残るわ｣
｢ノン、それはいけない｣
｢どうして？！｣
振り返ったヴィルの顔はやはり美しかった。……やはり、見れば見るほど彼女にそっくりだった。
｢あの人が守りたいのは"ヴィル"だからさ。リヒルデは、キミの無事を一番に願っていると思うよ｣
｢はぁ？それってどういう……きゃっ！｣
ヴィルに申し訳なく思いながらも、私はそっと彼の背中を押した。不意を付かれたヴィルは、バランスを崩してそのまま闇の鏡の中に転がり込んでしまった。
｢ルーク、なにを……！｣
｢キミもいずれ分かるさ。私が解き明かしてみせる。……しかし今はキミを守ることが急務だ｣
言い終わった頃には、もう鏡の前には誰もいない。今頃ちゃんと彼の思い描いた場所に無事帰省できていることだろう。
ーーーー
｢リヒルデさん、貴女に訊きたいことがあるのだけれど、今少し話せそうかい？｣
先程のヴィルとの会話を回想しながら、リヒルデに向き直る。普段の私には珍しく、今はやや緊張気味だ。しかしもう腹は括った。
｢ナイトレイブンカレッジに来るまではどこで何をしていたのかな？｣
｢学園に封印されていたらしいんです。強い魔法士の方だったらしくて……｣
依然ベッドでぐったりしたままのリヒルデに代わって、ユウ君が答えた。リヒルデも、ユウの言葉に力なく頷く。
｢なるほど、封印か……｣
私はあたかも今知ったかのような素振りで答えた。
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作者名：虹雪 | 作成日時：2024年2月8日 2時
