episode-32 ページ34
｢……わたし、行かなきゃ。ねてるわけには、いかないの……｣
しかし素人目に見ても、彼女の体調が万全で無いのは明らかだった。安静にさせておくに越したことはない。
「ノン、まだお疲れのようだ、マドモアゼル。しばらく休んでいておくれ」
「そう。でも、君がここに居るってことは……」
リヒルデの懸念が何かは分かった。……きっと彼のことだろう。
「それも心配ない。キミの希望通り、ちゃんとヴィルは退避させた」
「そう……ありがとう……」
あまりに自然に流れた会話に、私もまた確信を掴み損ねそうになったが、寝起きだからか、彼女は明らかに私や監督生くんより『ヴィルの無事』を気にしていることを隠さなかった。
ヴィルは彼女にとって特別である……という事柄は、私の仮説をより確固たるものにしたと思う。
｢君もはやく……にげなさい｣
「そうしたいところだけど、もう少し貴女の傍に居るよ。ああ、さっき監督生くんも呼んだんだ、すぐに来ると思う……」
「リヒルデさん！大丈夫ですか？！倒れてたって……！」
部屋の戸を勢い良く開けて、トリックスターが飛び込んで来た。リヒルデを映した彼の瞳の奥に燃える美しき炎が、煌々と輝いている。
「おや、話をすれば、だね。……ユウくん。今起きたところだよ」
「ぶ、無事なんですね？！僕のこと覚えてますか？」
「ユウ……来てくれたのね、ありがとう」
これで私の部屋に全員が揃った。切り出すなら今しかない。そう思いつつも……ふと、私はヴィルを闇の鏡に見送った時の会話を思い出していた。
ーーーーーー
「ねえ、ルーク、あの人……」
帰り損ねた寮生達が全て鏡に入って行った後、それに続こうと待っていた筈のヴィルが不意に足を止めて、物憂げに呟いた。
｢リヒルデのことかい？｣
｢ええ。……あの人、本当に放ってきちゃって大丈夫だったのかしら。いくらグリムでも、オーバーブロットを起こした魔獣に一人で立ち向かわせるなんて｣
｢彼女は強い。きっとそれを本人も分かっているから、自分でそう選択したのだろう？｣
｢……そうだとしても、やるせないわ。もしここでアタシ達が逃げ帰った所為であの人に何かあったら、きっと後悔すると思うの｣
｢珍しいね。キミが初対面も同然の他人にそんな風に思うだなんて｣
ヴィルは基本的に他人、ましてや初対面の人間に関心を示すことは殆どない。……やはり、彼には分かってしまうのだろうか。
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作者名：虹雪 | 作成日時：2024年2月8日 2時
