痛み ページ1
ソファに腰掛けて、クイーンはワイングラスをゆっくりと傾けた。白に彩られた唇には、ガーネットの色をしたワインが良く映える。午後の緩い日差しがトルバドゥールのガラス窓に差し込むのを眩しげに見つめ、彼女はグラスを脇のテーブルに置いて、大きく伸びをした。
緩やかな線を描く銀糸がクイーンの背中に零れるのを、ジョーカーは静かに眺めていた。誰の所有物にもならない稀代の怪盗は、天使であると同時に悪魔でもある。それを知ってもなお、彼を始めとする多くの人間は、不思議なほどその美しさに惹かれてやまない。敵であれ、味方であれ。
どうしてこんなに、この人に惹きつけられるのだろう……?
それは確かに謎だった。この世界に溢れる数多の謎の一つとして、確実に明記されるべきものだった。しかしそれは同時に、永久に解いてはならない謎でもあった。或いは解く必要も無いほど単純且つ明解な、謎とも呼べないような代物だったのかも知れないが。
白く、美しく、凛として輝いているそのひとは、空から落ちてきたと言われればあっさりと信じてしまいそうな程の儚さをを持ち合わせている。それが酷く切なくて、心臓の辺りに微かな痛みを覚える。痛みには慣れていた。耐性があると言っても良い。けれどこんな痛みは知らない。経験した事の無いものだ。鈍い痛みが鼓動と共に強まる。
気が付いたら、抱き締めていた。
クイーンの全身を包む薔薇の香りが、噎せ返るように広がる。風も無いのにゆらりと揺蕩う髪は陽光の煌めきに溶けていく。彼女の月光を湛えた瞳が、驚きで大きく見開かれた。
頭の中で警鐘が鳴った。このままではいけない、取り返しのつかない事になると本能が告げている。けれども腕は解けなかった。すぐ近くに居るのに、この手を離したら何処かへ言って仕舞う様な危うさが、クイーンにはある。
彼女が何処へも行かない事も、何処かへ行ってしまうとしたらそれは自分の方で、その「何処か」とは天国だという事も、知って居る。彼女の師匠を除けばこの世界の誰より過ごした時間が長くて、自分がとても愛されて居る事も。
クイーンは自分に蓬莱を飲ませなかった。自分は自然に歳を取るべきで、その時が来たら逝くのが正しい生き方だと言った。
「……正しさなんて要らない」
貴方と居られれば、それで良いのに。
紡ぎかけた言葉は、誰の耳にも届かない。胸の痛みは重苦しさを増すばかりだった。
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作者名:クイーンズサファイア | 作成日時:2018年1月21日 22時