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コンコン、と扉を二回ノックする。
山本は無機質な病院の白い扉の前に立っている。
「伊沢さん、いますかー？」
コンコン。もう一度。
しかし、返答がないので、ゆっくり扉を開けた。
「なんだ、寝てるのか」
伊沢は白い布団に包まれて、すやすやと眠っていた。
山本は近くの丸椅子に腰掛けて、ただ彼の寝顔を眺めていた。
彼の腕には幾つかのチューブが繋がれていて、見てはいけないものを見てしまったかのような気分に陥る。
しかし、彼の安らかな表情を見ていると、山本には、まるで１ヶ月もしないうちにいなくなる人の顔には見えなかった。
「伊沢さーん、起きてよ......」
山本は伊沢と話がしたくて来たのだ。
特にこれといった話はない。
ただ、取り留めもない日常の延長線にある話を、したかったのだ。
「ん......あ、山本じゃん」
数分後、山本のお望み通りに、伊沢は起きた。
「伊沢さん！僕、話したいこといっぱいあるんですけど、いいですか？」
「うん、いいよ」
いつものように彼は穏やかに笑って、頷くのだった。
その笑顔に偽りのないことを確認し、安堵した山本は、ポツリポツリと色々な話をした。
メンバーの話。最近行ったカフェの変な客の話。芸能人の噂話。話題になったニュースの考察。
数えきれないほど、山本は喋った。
その度丁寧に伊沢は頷いて話を聴いていた。
「あっ、話しすぎちゃいました...。来てから30分かな？あ、もっとだ」
「面白かったなあ、また話して」
「はい。もちろん。なんか飲み物入れますね」
山本はお茶を注ぎに立ち上がった。
と同時に、良くないことが起きた。
良くないことだ。
かはっ、という不自然な声がして、そちらを振り向けば、伊沢が吐血していた。
山本は慌てて駆け寄り、「大丈夫ですか」と曖昧な質問をした。
伊沢の心臓は、どうやらもう長くない。
わかっていたことなのだが、いよいよ表面化してきて、それが実感へと変わっていった。
ナースコールを押して、人が来るまで山本は、ただ伊沢のそばにいた。
同時に、自分の無力さを知るのだった。
僕は伊沢さんのことを助けてあげられない。
神様なんかではないのだ。ごめんなさい。
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作者名：yoyo | 作成日時：2020年1月19日 13時
