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「伊沢さーん、入りますよ」

川上が病室のドアを開けると、伊沢は読んでいた本から顔を上げた。

「ああ、川上」

「何読んでるんですか?」

「ひみつ」

悪っぽく伊沢は微笑すると、その本を横に置いた。川上からは死角の位置である。

「そう、ですか」


あの日伊沢が安静になったとき、彼は窓の外を眺め、溜め息をついた。

自分の命はもう少しでなくなってしまうわけだが、どう足掻いても変えられぬ運命というのは、やはり辛いものだと思った。

「もう、いいかなあ」

伊沢はもう全てがどうでもよくなった。

そして彼に電話をした。

『川上?明日来れる?』

『......もちろんです』

彼だけは知っていた。

河村が、【華の道化師】であるということを。

伊沢はそれをつい先日聞いたのだが。


「退屈ですか?伊沢さん」

丸い椅子に腰掛けた川上は、伊沢に話しかける。

「退屈だね。それと死ぬまでに解決しなくちゃいけないことがある」

と、ゆっくりとした口調で伊沢は言った。

「......本人から聞いたんですね。僕は数カ月前に、教わりました。でも、最初はもちろん信じられなくて。そのあと、手紙を見せてもらったんです。......まるで脅迫文でした」

そして川上はその後も、ポツリポツリと河村に送られた手紙の内容を話した。

「......そうだったのか」

伊沢の声は乾いて宙に浮き、そのまま消えた。

「もし、河村さんが今回の伊沢さんの仕事も引き受けたなら、それが最後になると思うんです」

川上は、話が重くなりすぎないよう、言葉を選んで話した。

「河村さんはそうとう精神的にきてます。なので、もしこの仕事を実行してしまったら、彼は自分への罪の意識で倒れてしまうと思うんです」

それはつまり、河村が自ら命を絶つということを意味していた。

二人はその場でしばらく黙って、ただ時計の針のカチカチという音に耳を澄ましていた。

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作者名:yoyo | 作成日時:2020年1月19日 13時

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