epi.32 彼女とは ページ33
河村side
昔から冬はあまり得意ではない。
ただでさえ寒くて体調が崩れやすいというのに、それに加えてセロトニンの分泌量が減少するなんて、生きづらいにも程がある。
事情を知ってくれている仲間たちの計らいで、無理のないように活動させてもらってはいるが、やはり憂鬱なものは憂鬱だ。
いまいち気分の乗らない中、夕食を取るかどうか悩んでいたところ、突然見慣れた来訪者が。
「来る前に一言連絡があってもいいんじゃないのかい?」
『え?いる?』
「いる?って…、まあいいけどさ。」
『晩ご飯まだでしょ?キッチン借りるね〜。』
と、慣れた手つきで冷蔵庫を開く。
「まだ何も言ってないんだけれどなぁ。」
この季節になると、彼女はよくうちに来るようになる。
別に何の用がある訳でもないが、突然やってきては食事を作って、そして何事もなかったかのように帰って行く。
きっと僕の体調を気遣っての行動なのだろうが、もちろんAはそんな素振りを見せない。
だが、彼女のその妙に不器用な優しさが、僕にとって少なからず精神安定剤になっている事は確かだ。
『卵安くてさ〜、いっぱい買っちゃったから置いてくね。』
「ありがと。お金は返さないよ。」
きっと安くなくても買ってきたんだろうな、と思いながらそう返せば、なにやらブーイングが聞こえてくるが耳は貸さない。
だって僕がAに差し入れてる額の方が絶対圧倒的に多いもん。
今度全部計算して請求してみようかな、なんて大人気ない事を考えていれば、あっという間に料理が並べられる。
「相変わらず手際がいいですね。」
『余りは冷蔵庫入れてあるから明日の朝にでも食べてね。』
「世話かけるね。」
『いえいえ。』
いただきます、と早速目の前にあった料理を頂く。
うん、美味しい。
感想を述べようかと思ったが、Aが大袈裟に自画自賛していたので辞めておくことにした。
『あ!それはそうとさ。』
すると彼女が思い出したように切り出す。
『こないだ言ってた企画、とりあえず全部採用されたから。色々ありがとうね。』
「あぁ、あれ。良かったじゃない。」
まぁ、通るだろうなとは思ってたけどね。
けれど彼女が評価されると、なんだか僕まで嬉しくなる。
これが親心ってやつですかね。
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作者名:きゃる | 作成日時:2021年9月10日 10時