打破 ページ31
マフラーに顔をうずめて、冬の街中を歩く。
最後に外に出たときは、数分歩いただけでも汗ばむくらい暑い日だった。
残暑だなんだといわれていた気がする。ひどく昔の話だ。
とぼとぼと足を進める。
街中には人がたくさんいる。知っている人は一人もいなかった。孤独だ、と思う。
まわりの人々のペースに、自分は合わせられなかった。
数か月ぶりに歩く、という行為をした気がする。靴を履いたのは三か月ぶりだった。
確実に体力が落ちている。駅までの道のりが長かった。
”あんた、都会で行きてくって言ってたでしょ”
母は無理やりに上京した私が帰省することに乗り気ではなかったけれど、しぶしぶ了承してくれた。
彼女は私の三か月を知らないのだ。
プシュー。
新幹線に座って、窓の外を眺める。東京を出ると、あっという間に高い建物は見えなくなる。
窓から見る外の景色が、あの部屋を思い出させてつらかった。
目を閉じる。人の気配、声、匂い。そのすべてが私を安心させた。
外は危ない、というのも事実かもしれないけれど。
私は考える。
”拓司くんへ”
その書き出しで始めたメモは、まだ彼の目には止まっていないだろう。
”私は、この部屋から出ることにします。
今まで、ほんとうに、ありがとう。
拓司くんは一生懸命にわたしを守ろうとしてくれて、
それがすっごく嬉しかったです。ほんとうだよ。
だからこれは私のわがままでしかありません。
さがさないで、と言っても、拓司くんなら探そうとするでしょう。
たぶん拓司くんならすぐに見つけられます。
さがさないでなんて、言いません。
実家に戻ります。東京には、戻りません。
田舎の山で、家族と動物と緑に囲まれて暮らします。
イノシシもタヌキもそこらへんにいるような場所で、私は育ちました。
私は結構、強いんです。
拓司くんにすべてを任せるんじゃなくて、自分でやりたくなりました。
拓司くん、今まで本当にありがとう。
さようなら、A”
あの部屋が脳裏に浮かぶ。
一筋の雫が零れた。
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 166人がお気に入り
お気に入り作者に追加
この作品を見ている人にオススメ
この作品を見ている人にオススメ
「短編集」関連の作品
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告感想を書こう！(携帯番号など、個人情報等の書き込みを行った場合は法律により処罰の対象になります)
すず(プロフ) - なな。さん» なな。さん、こちらこそいつもコメントありがとうございます！励みになります！更新が遅くなってしまいがちなのですが、これからもお付き合いいただければ幸いです(⌒∇⌒) (2020年8月9日 4時) (
レス) id: dd099c1ea5 (このIDを非表示/違反報告)
なな。 - 今回もすごく良かったです！ありがとうございます(*^^*) (2020年8月8日 23時) (レス) id: 66b2d355de (このIDを非表示/違反報告)
すず(プロフ) - なな。さん» なな。さん、いつもコメントありがとうございます！参考にさせていただきます<(_ _*)> (2020年6月27日 0時) (レス) id: 08393fa349 (このIDを非表示/違反報告)
なな。 - 書いてた途中で送っちゃいましたw 11個くらいですが思い付いたキーワードです！ﾍﾟｺﾘ((･ω･)_ _)) (2020年6月26日 21時) (レス) id: e77780ba09 (このIDを非表示/違反報告)
なな。 - 堕落で書いて下さり嬉しいですっ！更新ゆっくりでいいので無理なさらずに！「大事」「大恋愛」「蛇足」「打破」「妥協」「妥当」「ダミー」「ダウト」「ダイヤモンド」「脱線」「」 (2020年6月26日 21時) (レス) id: e77780ba09 (このIDを非表示/違反報告)
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名：すず | 作成日時：2020年5月25日 0時
