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打破 ページ30

「じゃあ、行ってくるわ」

 そう言って白いコートに腕を通した拓司を玄関まで見送る。
 新婚さんみたいね、と言って笑っていた日がとおく昔に思える。
 そんなに昔の話ではないはずなのに、意外とあっという間に慣れるものだ。

 「……いってらっしゃい」

 「うん、いってきます。
 インターホンは全部無視していいし、外は危ないから出なくていいし、カーテンも閉めておくこと。
 それから――、うん。
 必要なものとかなんでも、連絡してくれればいいから」

 毎朝お決まりのセリフを聞き流して、私は拓司を送り出す。

 「気を付けてね」

 「うん、Aも」

 こんな状態で、何に気をつければいいんだろう。
 心の中でそんなツッコミをしつつ、自分は何が不満なのだろうと考えた。

 なに不自由ない生活は、ここで手に入る。

 それでも私は、拓司が羽織った冬物のコートと、扉が開いた時に吹いてきた冬の風を恋しく感じた。
 寒くて、乾燥してて、うるさくて、人が多い世界にいきたいと願ってしまった。
 わがままな私には、この部屋は狭すぎる。

 私はできるだけ自然に片づけでもしているように見せながら、鞄に必要最低限の荷物を詰め込む。
 冷静に、ばれないように、自然な流れで家中に掃除機をかける。
 拭き掃除をしながら、メモ帳とボールペンをこっそりポケットに忍ばせた。

 トイレに入って、鍵を閉める。考えていた文章を、メモ帳に書き込む。
 五分十分トイレにいただけで、電話が来たことがあった。
 私は言いたいことを手早く書いた。

 もう出れる、という状態まで支度を済ませたら、リビングのソファでひと息つく。

 時計を見る。
 この生活をしていて時間を気にしなければならない場面なんてないのに、私はしょっちゅう時計を見ていた。
 見慣れた時計だ。

 拓司の生放送を見ている間は、私の自由時間でもあった。
 お仕事中にはさすがの拓司でも監視ができないから。

 それも、今日で最後だと思うと寂しくも思える。

 私はテーブルの上にメモと指輪を残して、母親に電話をかける。いつぶりだろう。
 母の電話番号は記憶していた。

 トゥルルル、トゥルルル。
 数回のコール音が、永遠にも思えた。

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すず(プロフ) - なな。さん» なな。さん、こちらこそいつもコメントありがとうございます!励みになります!更新が遅くなってしまいがちなのですが、これからもお付き合いいただければ幸いです(⌒∇⌒) (2020年8月9日 4時) (レス) id: dd099c1ea5 (このIDを非表示/違反報告)
なな。 - 今回もすごく良かったです!ありがとうございます(*^^*) (2020年8月8日 23時) (レス) id: 66b2d355de (このIDを非表示/違反報告)
すず(プロフ) - なな。さん» なな。さん、いつもコメントありがとうございます!参考にさせていただきます<(_ _*)> (2020年6月27日 0時) (レス) id: 08393fa349 (このIDを非表示/違反報告)
なな。 - 書いてた途中で送っちゃいましたw 11個くらいですが思い付いたキーワードです!ペコリ((・ω・)_ _)) (2020年6月26日 21時) (レス) id: e77780ba09 (このIDを非表示/違反報告)
なな。 - 堕落で書いて下さり嬉しいですっ!更新ゆっくりでいいので無理なさらずに!「大事」「大恋愛」「蛇足」「打破」「妥協」「妥当」「ダミー」「ダウト」「ダイヤモンド」「脱線」「」 (2020年6月26日 21時) (レス) id: e77780ba09 (このIDを非表示/違反報告)

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作者名:すず | 作成日時:2020年5月25日 0時

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