ガラスの花に麗しいキスを【歌い手】 (ページ35)

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「…ここでいいか？」

「はい、ありがとうございます。」

結局、私は月崎様に奥様の屋敷の前まで送られてしまった。普通ならないのだろう“ただの使用人が貴族様に送ってもらう”などと。

しかし彼は「俺がやりたいだけ」などと当たり前のように行ってくれたのでつい私は呟いた。

「月崎様は“お優しい”ですね…」

私は彼の方を見る。けれど月崎様は悲しそうな表情を浮かべ、波紋が広がる水たまりのように瞳を揺らがせていた。

もしかしたら言ってはいけないことを口走っていたのかもしれない。私は訂正をするために声をかけようとした。

「…俺にそんなこと言わない方がいいよ」

その言葉は惜しくも遮られ、城門の壁に身体を無理やり押された。痛みで目をぎゅっと瞑るがすぐさま目の前を見やると先程まで自然に笑顔を浮かべていた彼の顔は酷く歪んでいた。

「こんなことされても俺は優しいって言える？」

「そ、んな…」

「優しくなんかない。俺は人を思いやることが上手く出来ないから……お願い、そんな風に言わんといて。」

紫苑色の美しいと思っていた瞳はいつの間にか紫色の夕闇の如く暗く澱んでいた。私は黙って何も言うことが出来ない。

恐怖で怯えることが多かったけど、それよりも情けの方が心を支配していた。彼は「ごめん」と呟きを残しそのまま私の前から姿を消した。

「…っ…ふっ……」

なんで…何も出来なかった自分に腹が立つ。彼に対してどうしてもあの場で答えられなかった。

自分の不甲斐なさにその場にしゃがみこみ、涙を静かに流した。

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「…クソっ！！」

誰もいない暗い道、一人俺はそこら辺にあった壁に自分の拳をぶつけた。返ってくるのは痛みと後悔だけだとわかっているのに何回も怒りを当てる。

俺、何してるんやろ…なんであそこまでAのことばっかり……

(馬鹿みたい…)

傷つけたからって今までの女なんか気にすることもなかった。…けれど、Aのこととなると後悔が渦になって押し寄せていた。

Aは意識して悪いことは言ってない。俺が当たってしまったから悪かったんだ。挙句の果てには泣かせてしまってるし。

(…俺、なんも変わっとらんやん。)

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