十八話 ページ19
.
無一郎 Side
「稽古っ、稽古っ。無一郎くんと稽古っ!」
Aはスキップをしながら支度を始めた。
稽古をつけてほしいと言われたとき、本当はちょっと嬉しかった。でも前に、見ればその人の感情がわかるって言ってたから、それを隠すように困惑した顔を演じちゃったんだ。そしたらAはシュンとして、これまでにないくらい悲しい顔になった。いつもなら慌てて早口になるはずなのに。もしかしたらAは、本当に悲しいときはこんなふうにがっくり気を落とすのかもしれない。申し訳なく思って、そしてやっぱり嬉しくて、稽古をすることにした。前から思ってたけど、Aって感情がそのまま行動に出てるからわかりやすい。そこがまたかわいくて、ずっと見てたくなるんだ。
そんなことを考えていたらAの支度は終わっていた。
「始めよう、無一郎くん!」
「あ、うん」
昼前の暖かな庭で各々準備運動をして、稽古開始。
「まずは単純な打ち合いからでいいよね?」
「おっけー、呼吸を使わないで反射神経を鍛えるわけね」
「うん。じゃあいくよ、よろしくお願いします」
「よろしくお願いします」
お互い一礼をして木刀を構える。──Aの目つきが、変わった。いつもはあんなに騒がしくて子供っぽいのに、今はすごく集中しているのがひしひしと伝わってくる。その真剣な眼差しに吸い込まれそうになって、ギリギリのところで踏んばった。
何をしているんだ俺は。今は稽古中だぞ。それも、相手は柱だ。別のことを考えている場合じゃない! 俺は自分に喝を入れて、少し崩れていた構えを直した。
.
34人がお気に入り
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名:Rabbita | 作成日時:2020年5月9日 14時