それでも俺達は幸せだった�� ページ10
次の日になっても、智の不貞腐れモードは直っていなかった。
朝から会話もせず、仕事から帰ってきても、目も合わさず。
こういう時の智は、すこぶる頑固だ。
さすがにこの空気に耐えられなくなって、自ら歩み寄ることにした。
口を尖らせてキャンバスを眺めている智の隣に、そっと膝をついた。
和「…ごめん。俺が悪かった」
智「………」
和「…俺が新しいの買ってやるから、いい加減機嫌直せや」
智「別にいいよ」
ツーンて感じで、素っ気なく返す智。
和「…なぁ、さとし」
智「…いつまでもフリーターで悪かったね。俺がいると、カズは思い通りの生活が出来なくてイライラするよね。俺がいると邪魔だよね」
和「あ…」
智は、キャンバスを傷付けられたことよりも、そっちの方を気にしていたんだ。
和「…ごめん。そんなつもりじゃなかったんだよ。ただ、友達の話聞いてたら、なんか急に自分がちっぽけに思えちゃってつい…」
俺の言葉に、智がようやく目を合わせてくれた。
だけど、俺の顔を見る目が、少し悲しげだった。
和「そりゃあ…経済的に、フリーターより正社員になってくれた方が俺は助かるけど、智が何か理由があってフリーターにこだわってるなら、それでいいよ。別にそれが嫌で別れたいとかなんて、思ってないし」
智「…本当に…？」
和「本当だよ」
智「………」
和「だから、いつまでも俺に背中向けんなよ」
ようやく不貞腐れモードが解除されたのか、少し弱気な顔で俺をジッと見ている。
俺は、智の持っているキャンバスに、そっと優しく触れた。
和「…コレ、何描こうと思ってたの？」
智「んー、まだ決めてないけど、カズに何か描きたいなぁて思って」
和「えっ」
智「本当は楽器とか買ってあげられたらいいんだけど、ちょっと無理そうだから、せめてもの感謝の気持ちを込めて」
和「なんだよぉ…」
智「もしかしていらない…？」
和「いるに決まってんだろ」
智「良かった。カズ、何描いてほしい？」
和「何でもいいの？」
智「努力する」
和「じゃあ」
智「ん？」
和「お前のお気に入りのあの曲を、絵で描いてみてくんない？」
智「あー…」
和「難しい？」
智「いや、色が無いんだよ」
和「だって、藍色持ってんじゃん」
智「こんな色じゃないんだよ。もっと暗くて濃い色」
和「黒混ぜれば？」
智「そういうことじゃない」
和「じゃあ、一緒に買いに行くか」
その濃い藍色を。
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作者名：さくら 樹里
| 作成日時：2018年8月8日 16時
