それでも俺達は幸せだった�� ページ8
新しいキャンバス。
このキャンバスが、決して安くないことを俺は知っている。
前に智にプレゼントしようとして、予想以上の値段に断念したことがあるからだ。
それなのに、どの金で買ったんだよ。
家賃も大して払ってないくせに。
俺は欲しいギターを買う為に、必死に金を貯めてるっつーのに。
もう怒りが抑えられなくなって、キャンバスをガンッとテーブルに打ち付けた。
運悪く、テーブルの角が、貼ってある布に強く当たって、破れはしなかったものの、明らかに歪んだ。
智「何すんだよ！」
普段はどんなに俺が文句を言おうと平然としている智が、さすがに大事なキャンバスを傷付けられ、素早く立ち上がって俺からバッと奪い取った。
和「こんなもんに絵描く暇があったら働けよ！」
智「働いてんじゃん」
和「とっとと正社員の仕事探せ！」
智「やだ」
和「じゃあ…」
智「………」
「出てけ」と言おうとして、口を止めた。
和「もういい。ちょっと出てくる」
結局また、自分が出ていくことにした。
そんな俺を智は止めることなく、キャンバスを持ったまま床に座って、歪んだ部分を撫でていた。
俺は靴を履いてドアノブを回す前に、チラリと振り返って智の方を見た。
和「…俺が帰ってくるまでに、部屋片付けておけよ」
智「………」
智は、ムスッとした顔で黙り込んでいる。
智が黙り込んでいる時は。
怒っている時。
2年以上も一緒にいる俺には、分かっている。
俺はそれ以上何も言わずに、静かに家を出た。
夜の涼しい公園の中、一人でブランコに腰掛けた。
漕がずに、ただ座って、膝に肘をついて考えていた。
智は普段、スケッチブックや画用紙に絵を描いている。
だからこそ、キャンバスに絵の具で描く時は、本気で描く時なんだと思う。
その本気の絵を描こうとしていたキャンバスを傷付けられたんだから、智が怒るのも当然だ。
星が疎らに光る澄んだ夜空を見上げた。
俺達は、自分達で一緒に住むことを選んだのに、一緒にいる分、喧嘩も絶えなくて。
こんなことなら一緒に住まなければ良かったと、何度思ったことか。
これからずっと一緒にいるであろう相手だからこそ、時々邪魔になる時がある。
智がいなければ、俺はもっと幸せな生活を送れたんじゃないかって。
だけど結局は、ずっと一緒にいるのだろう。
智が俺のそばを離れていくことなんて絶対にないと、この時の俺は信じていたんだ。
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作者名：さくら 樹里
| 作成日時：2018年8月8日 16時
