その日が来るまで�� ページ31
抱きしめながら、黒髪の後頭部をよしよしと撫でた。
ゆっくりと俺を見上げる智。
元々タレ気味の眉毛が、更にハの字になっている。
こんなにも弱々しい表情を浮かべる智を、初めて見た気がする。
いつも、ひょうひょうとしているように見えていたけど、心に秘めている思いは、こんなにも辛く悲しいものだったなんて思いもしなかった。
俺は、抱きしめる腕を緩め、智の両肩にそっと手を添えた。
和「なぁ…さとし。戻ってこいよ」
智「えっ…」
和「お前のウチはあそこだろ？なんかもう…独りじゃ落ち着かないんだよね」
智「んでもっ…俺もうっ…」
和「一緒にいようよ…さとし。最期まで」
智「え…」
和「最後の最後まで、俺達のあの家で一緒に暮らそう…？」
智「カズっ…」
和「さとしの最期を…俺が隣で見送るからさ」
智「…うぅぅっっ…」
俺のスーツをグッと掴みながら、智は号泣した。
俺は決めたんだ。
覚悟もしたよ。
智の命があと少しで尽きてしまうなら。
最後の最後まで一緒にいようと。
そして。
最愛の人の最期を隣で見届け。
智が無事に天国へ逝けるよう見送ろうと。
和「…俺と一緒にいてくれる？さとし」
智は泣きながら、コクンと頷いた。
どんなに辛い現実も受け止めなければいけないのなら。
せめて一緒に、悲しみも苦しみも分かち合おうよ。
そして。
最期まで精一杯生きてほしい。
椅子に座って下を向いて泣く智の頭をポンポンとし、俺はスタッフルームのドアを静かに開けた。
カウンターでグラスを拭く潤と目を合わせ、俺は無言で頷いた。
その意味を理解したのか、潤はグラスとグラスを吹くクロスを置いて、カウンターを出てきた。
潤「智の荷物はウチにある。なんなら届けてやろうか？」
和「いや…後日取りに来るよ」
潤「あそう」
和「あの…智のバイトは」
潤「気にすんなよ。ただ、グラス拭いてもらったりしてただけだから。元々、自分一人でやってたしな」
和「そう…」
潤「ま、細やかだけど、バイト代は払うから。荷物取りに来た時な？」
和「ありがと…」
すると智が、ひっそりとスタッフルームから出てきた。
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作者名：さくら 樹里
| 作成日時：2018年8月8日 16時
