ノンアルコールの客�� ページ26
【松本潤】
あれはまだ、金木犀の香りが漂っていた頃。
ぽつぽつと数人の客がまったりと酒を飲みながら独りの世界に浸っている、静かなジャズが流れる店内に。
カランとドアを開ける音が響いた。
すぐにドアの方へ目を向けると、茶髪の男がぽつんと立っていた。
初めて見る客だった。
それが、智だった。
智は入り口に突っ立ったまま、まるで絶望感にでも浸っているような酷く暗い顔をしていた。
潤「いらっしゃいませ。こちらへどうぞ」
自分で店に入ってきたくせに、座る素ぶりも見せずにボーっと突っ立っている智を、自分の目の前の席へ座るよう促した。
俺の目の前の席に、崩れるように椅子に腰を下ろした智は、なんとも暗い表情でカウンターを見つめていた。
猫背で丸まった背中から、悲愴感さえ漂っていた。
潤「何をご用意いたしましょうか」
俺は敢えて声のボリュームを落とし、優しく語りかけるような口調で声をかけた。
智「…あの……ノンアルコールてありますか…？」
やっと少し顔を上げた智が、遠慮がちに尋ねてきた。
潤「もちろんございます」
智「…ノンアルコールだけでも大丈夫ですか…？」
潤「構いませんよ。どういったものを、ご用意いたしましょうか？」
智「じゃあ…レモン系のサッパリしたやつを…」
潤「かしこまりました」
手に取ったグラスにカランと氷を入れながら、終始智のことを盗み見ていた。
やがて完成したノンアルコールカクテルを、コースターの上に置き、スッと智の前へ差し出した。
潤「ノンアルコールのモスコミュールでございます」
智は、薄い黄色に色づけられた、緑のミントの葉が浮かぶカクテルを、しばらくジッと見つめていた。
やがて、グラスを細長い指で掴み、そっと口へ運んだ。
智「…美味い」
潤「ありがとうございます」
智はグラスをコースターの上へ置き、再び視線をカウンターへと落とした。
潤「…なんか、死にそうな顔してんな」
俺の言葉に、智が「え？」という顔をした。
歳が近そうということもあって、つい素の口調が出てしまった。
智「俺…死にそうな顔してる？」
潤「だいぶな」
智「そっか…」
すると、智がふふっと笑った。
智「その通りだよ。俺、もうすぐ死んじゃうから」
最初は、冗談なのか本気なのか分からなかった。
智「俺、あと半年なんだって。あ、半年といっても、もって半年だから、多分きっと半年ももたないんだろうなぁ」
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作者名：さくら 樹里
| 作成日時：2018年8月8日 16時
