残した影�� ページ22
静かな口調で声をかけてきたマスター。
俺は、そのマスターが立っている目の前の、ど真ん中の席に座った。
するとマスターが、俺の顔をジッと見ながら不敵な笑みを浮かべた。
「お客さん、初めてだね」
俺に向かって放った言葉。
俺はバーなんてものがどういうものかもあまり知らないから、バーのマスターがどんなかということも知らないけど。
もう少し丁寧な口調な、品格のあるものだと思っていた。
だがしかし、俺の目の前にいる男は、馴れ馴れしい態度の、まるで遊び人のような目つきをした男だった。
その男が、カウンターに両手をついて、ジィッと俺の顔を覗き込んできた。
「お客さん、酔いたい気分なんでしょ」
俺の心を見透かしたように、薄笑いを浮かべながら言ってきた。
和「えっ」
「顔見りゃ分かんだよ。どんな気分で酒飲みたいのか」
若干イラッとくるほどの強気な態度。
だけど、客の心理を読み取る目は、ピカイチのようだ。
俺の顔を見つめるマスターは、くっきりとした二重で睫毛が濃く、全体的に日本人離れした、はっきりとした顔立ちで。
白いシャツに黒いベストと蝶ネクタイがよく似合う、イケメンバーテンダーて感じだ。
鋭いその目つきに見つめられると、嫌でもドキッとしてしまう。
歳はきっと、俺とそんなに変わらないだろう。
だからなのか、そのマスターはやけに馴れ馴れしい口調で話し掛けてくる。
酒に詳しくない俺は、飲みやすい酒という条件だけを伝え、あとはマスターのお任せでカクテルを作ってもらった。
そのカクテルが驚くほど美味くて、あまり酒に強くない俺が、珍しく何杯もおかわりした。
だけどそのうち酔いが回り、気付けば俺は、カウンターのテーブルに突っ伏していた。
周りの音がギリギリ聞こえるくらいの意識レベルで。
このまま酒に溺れて、何もかも忘れてしまいたいと思った。
そんな俺の顔のそばに、コトッと氷の入った水が置かれた。
俺は「どうも」とだけ言って、そのまま突っ伏していた。
すると。
カランと店のドアを開ける音が店内に響いた。
「お。悪いな、助かったよ」
「レモンて、これで平気？」
「上出来。サンキュー」
マスターと、店に入ってきた男の会話。
その男の声に、俺の耳が反応した。
聞き覚えのある声だった。
「じゃ、今日もよろしくな。智」
マスターの口から出た思わぬ名前に、俺は重い頭を上げた。
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作者名：さくら 樹里
| 作成日時：2018年8月8日 16時
