濃藍のうた〔N O〕 (ページ20)

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残した影⑥ ページ20

ガヤガヤと騒がしい店内で、俺と櫻井さんの間に流れる沈黙。

きっと、俺に掛ける言葉を慎重に探しているのだろう。

櫻井さんは、無闇に無責任な言葉を発したりはしない人だ。

「そのうち会えるよ」とか「早く忘れて次いこうぜ」なんてことは絶対に言わないだろう。

だからこそ、自分のことのように悩ませてしまっているのが、段々申し訳なく思えてきてしまった。

和「すいません…櫻井さん。俺…もう大丈夫ですから。話聞いてもらったら、俺、なんかスッキリしたんで」

櫻「………」

和「きっと…時間が経てば、智のこと…忘れられる日が来ると思うんで…」

俺の言葉に、櫻井さんは眉を寄せながら、灰皿にタバコをぐりぐりと押し付けた。

櫻「…ごめんな。なんか良いアドバイスも何も出来なくて。役に立たない先輩で、マジで申し訳ねぇよ」

和「何言ってんスか！俺、今まで一人で抱え込んでて、もう、どうにかなりそうだったんで、今日、櫻井さんに話聞いてもらえて良かったです！本当にありがとうございました」

心の底から出た感謝の気持ちと共に、櫻井さんに向かって深く頭を下げた。

しばらくして頭を上げると、櫻井さんは切なげな笑みを浮かべながら、チラリと腕時計を見た。

そして、伝票をサッと手に取ると、改めて俺の顔を見た。

櫻「…部署は違うけど、先輩として俺はいつでも二宮の近くにいるからさ。辛くなったら、遠慮しないで何でも言って？話聞いたり、飯奢ったりくらいならいくらでも出来るから」

そう言って椅子から立ち上がり、スッと伝票をレジの方へと持っていった。

お会計をする後ろ姿を見ながら、なんて良い先輩に恵まれたのだろうと、しみじみ思った。

仕事も出来て、顔もカッコイイ、優しい兄貴肌な先輩。

大抵の人なら、失恋で傷付いている時に、こんな素敵な人に優しくされたらコロっと気持ちを持っていかれてしまうのだろうけど。

それでも揺らぐことのない俺の心は、完全に智の手につかまれているのだと改めて感じた。

きっと、逃げることなんて出来ない。

忘れることなんて出来ないのだろう。

だけど俺は、優しい先輩に向かって、精一杯の元気と笑顔を作ってみせた。