台風の夜に�� ページ31
ボーっとしていた意識がふとテレビ画面に戻ってきた時、ドラマはラブシーンになっていた。
主人公の女と、やっと想いが通じ合った男が、ベッドになだれ込んで愛し合っている。
最近の地上波にしては珍しくギリギリのアングルで、濃厚に絡み合っている。
なんとなく隣にいる兄貴の方をチラ見すると、さっきと表情を変えることなく相変わらず真剣に観入っている。
ニ「ねぇ」
智「ん？」
お互いにテレビ画面を見つめたまま言葉を交わした。
ニ「セ ックスて気持ちイイの？」
画面を見つめたまま、平坦な声で訊いた。
智「気持ちイイよ」
俺の突然の質問に、兄貴も平坦な声で答えた。
ニ「へぇ。そうなんだ」
見つめる画面の中で、主人公の女がキスを受けながら涙を流している。
その女を見つめる男の瞳にも、涙が浮かんでいる。
ニ「そんなに泣けるもの？」
智「最中に感極まったことなんてないから分かんねぇや」
ニ「だろうね。兄貴が泣くなんて想像つかないし」
男と女が次第に脚を絡ませ合ってゆく。
ニ「ねぇ…兄貴はえっちしてる時、何考えてんの？」
智「なんも考えてない」
ニ「何もって…。何かあるでしょうよ…相手の女の子に対してさ、ああ好きだなぁとか。幸せだなぁとか」
すると、兄貴が俺の方を向いたのが視界に入った。
智「そう思うくらい好きな女とヤったことないから」
無表情で俺を見つめながら答える兄貴。
ニ「兄貴ってさ…恋愛とかそういうの、淡白でしょ」
智「んーそうかも」
ニ「そんな気がする」
智「んでも、本気で好きな女とシたら分かんない」
兄貴が再び画面に視線を移した。
ニ「…本気で人を好きになったことあるの？」
智「あるよ」
…あるんだ。
意外で、なんか胸がチクッとした。
ニ「…ふーん」
智「かずは？」
ニ「え？」
智「ある？翔ちゃんはナシで」
ニ「俺は…」
智「ないか。まだお子様だからな」
むぅ。
ニ「ふん、お子様で悪かったね」
智「んはははっ」
俺の頭をポンポンとする兄貴の顔がやたらと優しくて、からかわれているのに怒れない。
ニ「俺だってそのうち…」
話している途中で、テーブルの上のスマホが振動した。
テーブルからはみ出るようにスマホにぶら下がっている犬のストラップが、揺れている。
電話だ。
そっと手に取って画面に映る名前を見た瞬間。
電話は取らずに再びテーブルの上へ戻した。
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作者名：さくら 樹里
| 作成日時：2020年5月3日 21時
